夢の始まり
混乱するリッキーが落ち着いたのを見計らって、俺達は改めて話し合いを始めた。
円卓に用意するのは二つの椅子と、大きなディスプレイである。
「では紹介しよう。彼は幽霊なんかじゃなくこの基地のメインコンピューター、テラさんだ」
『テラさんです。よろしくお願いします』
「はぁ。よろしく」
この時のために用意した大きめのディスプレイには、顔文字がにっこりと笑っている。
それにリッキーは曖昧に頭を下げていた。
『では協力を得られるということですので、装甲に関して詳細を詰めていきましょう』
「は、はぁ」
スピーカー越しに話かけるテラさんに戸惑いながらも話を聞くリッキーは中々適応するのが早い。
さてどうなることかと見ていたのだが、テラさんは俺にも質問をぶつけてきた。
『まずマスターの要望を聞かせていただきたいのですが?』
おや? それをさっそく聞きたいですかテラさんや。
ならば語ることもやぶさかではなかった。
「ああ、装甲の要望はイラストに大体詰め込んでいるつもりだ。あとは……そうだなぁ、せっかくだから色々便利だといいな」
『色々とは?』
聞き返すテラさんに俺はせっかくなので胸に秘めていた妄想をぶちまけた。
「いや……できれば通信したり、目に光が灯ったり、熱や音で観測できる各種センサーを搭載したりしたいなーとは思う」
せっかくのパワードスーツだ、そういう要素を詰め込んでいければ楽しいんじゃないだろうか?
ところが話を聞いたリッキーはきょとんとしていたし、テラさんに至ってはわざわざディスプレイに困り顔を表示していた。
『……具体的に図面か現物があれば別ですが現状、不可能に近いかと』
「そっか。さすがに無理か……例えば、スマホでできることができれば俺は満足なんだけど? どうしてもダメ?」
テラさんと会話する。カメラで外の映像を確認する。映像を映し出す。みたいなことは大抵スマホでもできることだ。
ただ俺には当然それをヘルメット型にする技術も知識もない。
『スマホとは?』
「知らない? 携帯電話。ほら、こういうやつだよ」
テラさんが尋ねるので、俺は話題に出したスマホを出して見せた。
異世界から来たばかりでさみしくって堪らなかった初日、好きな音楽で心を一晩だけ温めてくれた、大切なお守りだ。
今はもう動かない、このスマホである。
『それを基地の端末に繋いでみてもらえるでしょうか?』
そう言ってテラさんが指示した場所を探ってみると、見慣れないコードがあった。
どうやらテラさんはこのコードをスマホに繋いでみろということらしいが、俺の眉はハの字になった。
「できるかな?」
『可能だと思われます。私の製作された世界では長い歴史の中で移り変わる機器に互換性を持たせる技術が発展していましたので』
ひとまずやってみることにする。
コードの先は丸くなっていて、粘土のように形が簡単に変わった。
『それを端子に差し込んでください』
「お、おう……無理やり押し込んで大丈夫?」
『少し強めに押し込んでください』
言われた通りに力を籠めるとふにゃりと形を変えてコードが差し込まれる。
手ごたえをあまり感じないから少し不安になったが、かなり久しぶりに電源ランプの灯った元相棒に、俺は思わず震えてしまった。
「お……おお。俺のスマホがこんなに元気に光っているぞ……こいつ生きてたんだなぁ」
『生きてはいません。解析が終了しました……ずいぶん原始的な技術を使っているのですね』
「……テラさんに比べればそうかもだけどさ」
なんだか負けた気がするので、そういう言い方はやめてほしいんですけど。
だがテラさんは辛らつだが、なかなかうれしい結果を口にした。
『マスター。お喜びください。これならご希望に沿えそうです』
「え? 本気で言ってる?」
『はい。我々の最先端機器を製作するようなことはさすがにできませんが。貴方がデザインしたヘルメットにこちらの端末の機能を持たせることなら発掘した工作機械で造作もありません』
「マジで!」
俺はうれしい誤算に飛び跳ねた。
そんなことが可能なら、ぜひやってもらいたい。
テラさんは許可を出した俺に自信がありそうな声で言った。
『ご安心ください。この技術レベルは想定外でした。少々語弊を生むような表現をしてしまい、申し訳ありません』
「お、おう……く、くそう。やっぱすごい負けた感あるな。な、ならよろしくお願いします」
『了解しました。その代わり、こちらの端末は部品取りで使わせてもらうことになります。よろしいですか?』
「え? やだけど?」
妙なことを言うテラさんに俺は思わずスマホをさっと隠した。
あれだけ簡単そうな雰囲気を出しておいて、新たに作り直すのではないらしい。
拒否した俺に、反論は素早く帰ってきた。
『ゼロから物は作れません。あくまでこのスマホをヘルメットの形に落としこむ工作はたやすいとお考えください。このまま放置していればただの板です。ためらう理由がありますか?』
「いや……しかし。うーん、それは……」
俺は自分のスマホに視線を落とした。
長らく俺と一緒にやってきたこいつとの思い出は、きらきらと輝くように美しく美化されて蘇ってくる。
「……いやだってさ。こいつってばこっちに来てからずっと一緒だった元の世界の思い出なんだよ? つらい時も楽しい時も一緒に乗り越えてきた相棒なんだ」
『何か問題が?』
「……ないけど! 血も涙もないことを言うよね」
『事実血も涙もありませんので』
テラさんマジテラさんである。容赦ない正論に耐えられず、俺はぎゅっとスマホを握り締めた。
「そうだろうけどさ! ううう……俺のスマホン」
「名前をつけてたんだ……」
「……うん」
黙って見ていたリッキーからも憐みの視線をもらってしまったので、俺はしぶしぶテラさんの提案に頷くことにした。
名残惜しいが、スマホンが生まれ変わることを願おう。
確かにただの板でいるよりもそっちの方が幸せなはずである。
テラさんは俺の同意が得られると、実に話が早かった。
『リッキー様、お待たせしました。話は纏まりましたので本題に入りましょう。電気工作はこちらでやりますが、本格的な金属加工は当設備では不可能ですのでよろしくお願いいたします』
「は、はい! よろしくお願いします!」
『では早速マスターの描いたイラストを図面に起こしていきましょう。マスターにもご意見いただきたいので、気になる点があればご指摘ください』
「お、おう! もちろんだ!」
それはまさに夢の始まりだった。
これから俺の提供したスマホンも夢の欠片となり、テラさんとヘルメットで通信とかできるのだろう……なんだそれ、かっこよすぎじゃないだろうか?
これはまた野望に一歩近づいてしまったようである。
その時、リッキーが振り返って尋ねる。
「そういえば肝心なことを聞いてなかったけど、君はこれで一体何をするつもりなの?」
なんともいい質問をしたリッキーに、俺はにやりと笑う。
「そうだな……俺はこのパワードスーツで―――」
それはこのパワードスーツが呼び覚ました幼い時の記憶がきっかけだった。
すっかり忘れてしまっていたが、色々なしがらみが一切なくなった今だからこそ沸いてきた願望である。
今までは胸に秘めてきたが、協力者になることが決まったリッキーには知っておいてもらおうと、俺は初めて自分の野望を口にした。
「ヒーローになるんだ」
そう、ヒーローだ。
俺は勇者になりたいなんて今まで一度も思ったことはない。だがヒーローにはなりたいと願ったことはある。
かつてテレビの前で熱中していた子供の俺もまた、俺の一側面だった。
些細な違いだが大きく違うこの野望を、共犯者に披露しておくのもいいだろう。
「……ふーん?」
しかしリッキーはよくわからなかったのか軽く頷いて作業に戻った。
「……」
一大決心をあっさり流さないでほしいのだが。