貴族=最終兵器
「……!」
「……!」
シャリオお嬢様はお怒りであらせられた。
お嬢様は本気を出せば空も飛べたらしい。
なによりあんな炎は見たことがない。立ち昇る熱気で雲の形が変わっていた。
あんぐりと口を開けたフォックスは震えた声で呟いた。
「あ、あれはなんなんです?」
「だから、貴族だよ。中でもとびっきりなんだろうけど」
「人が浮いて、燃え上がっているのは気のせいでしょうか?」
「いや、気のせいではないなぁ。まぁ貴族だし」
「は? 何言ってんの?」
「だから、魔法が得意なやつが貴族なんだから。喧嘩を売ったら、そりゃいつか即死の殲滅魔法が雨
のように降って来るさ」
こっちの世界で貴族は地球で言う特権階級以上の意味が込められている。
だからこそ、この王都では貴族は特別に厚遇されるのだが、厄介なのは兵力とは違って人望がなくても圧倒的火力が飛んでくることだろう。
本気で知らなかったのかフォックスは器用に青くなっていた。
「……えぇ。なにそれ? 私の知ってる貴族と違うんですけれど?」
その言葉で、俺は確信した。
「……やっぱりお前、他所の世界から来たんだな?」
「……」
フォックスはプイっとそっぽを向いて黙秘権を行使するようだった。
シャリオお嬢様はまず俺に視線を向けて、驚くほど爽やかに笑顔になった。
「ごきげんよう白い戦士様。お久しぶりでございますー。わたくしお仕事がございまして、少々お待ちくださいましね?」
おおう。
めっちゃ燃えているとは思えない、すごい笑顔で挨拶された。
そしてパチッと笑顔が能面のような無表情に切り替わった瞬間、攻撃は始まった。
「こっちに集中なさい。……さぁ一瞬で蒸発させてあげましょう」
「ヒィ!」
呪いでもかけられそうな威圧感のある声に、フォックスは震えあがった。
そして俺ももちろん震え上がった。
シャリオお嬢様の指が動くと、雨あられと炎の矢が降り注ぎ、すべてがフォックスへと飛んで行く。
「ひょええ!!」
フォックスは持ち前の素早さでかわしたが、着弾の度に燃え上がる火柱で周囲の温度が跳ね上がる。
「うお!」
そしてつい茫然としてしまった俺にも大きな水の塊が飛んできてとっさに回避した。
「おお、避けたか。やるな。お前の相手は私がしてやる!」
「これは……なんだか嫌な予感がするなぁ」
俺を攻撃した青い騎士は自ら出した水をカイトシールドで滑り、空から降りてきた。
空でサーフィンとは面白い話だが、そんな奇抜な移動手段を見事に使いこなしている。
水のしぶきを散らし着地した彼女は、剣を抜き放ち完全に戦闘態勢だった。
「お前が噂の白い戦士だよな? 話は聞いてるぜ? だがよう? 王都を荒らすってなら、黙ってるわけにはいかねぇよな?」
「……!」
あ、やべぇ。橋壊したの見られたかも。
冷や汗が背中を伝うが、もはや悩む間はありそうにない。
シャリオお嬢様の同僚に手を上げるのはためらわれたが、俺も捕まるつもりはなかった。
「コソ泥相手じゃどうにも気分が上がらなかったんだ。相手してくれよ! なぁ!」
「!」
青い騎士は叫び、剣で斬りかかってきた。
振り下ろす瞬間、剣の背から水流が吹き出し加速する。
ガツンと腕で受け止めた衝撃はすさまじく、俺は踏みとどまるのもギリギリだった。
「私の名はマリー! 今すぐお前を殺してやるよ!」
「……!」
「そらそら行くぞ!」
「!!」
今度は水の刀身が伸び、すさまじい速度の水の刃は触れた石を簡単に削り取る。
鞭のように縦横無尽な剣戟に回避が間に合わず、かすった瞬間、強力な衝撃が俺を襲った。
「ガッ……!」
当たったのは右肩だった。
パンと乾いた音がして、俺の体がコマのように回転しながら吹っ飛ばされた。
何とか体勢を立て直すが、ここまで接近戦に特化した魔法使いに素直に驚かされた。
幸い装甲が斬れるようなことはなかったが、生身で受けたらどうなるか想像すらしたくない。
まだ立っている俺を見て、青い騎士、マリーは驚きの表情を浮かべていた。
「お? かてぇな」
「……やるなあんた。騎士団所属とは思えないパワーだ。魔法もさすがなもんだ」
「これでも器用さには自信があるんでね。だが力じゃちと押されてんな」
「……信じてもらえるかわからんが、俺はあんたらと戦うつもりはない」
大事なところだから一応口には出しておいたが、予想通りそれは無駄だった。
マリーはクッと笑い、盾と剣を腰を低くして構える。
戦う意思は視線からビンビン感じる。これは俺も腹をくくるべきかもしれない。
「そんなことはどっちでもいいさ。一緒に来た奴もやる気のようだしな……」
だが見てみろとそんな意図を込めたマリーの視線を目で追った俺は固まった。
「た、確かにやる気満々みたいだ。っていうかあんたら正気か?」
「……いや、私もこれはやりすぎだと思う」
見たものが信じられずに思わず尋ねたのだが、よく見るとマリーも固まっていた。
まぁ無理もない。だって空が燃えていたんだもの。
マリーにしてみれば戦闘中の軽い駆け引きのつもりだったのかもしれないが、明らかに異常事態だった。
シャリオお嬢様は両掌を上空に掲げ、城よりも遥かにでかい炎の玉を今にも落っことす寸前だった。
「……むやみやたらと町に色香をまき散らす毒婦めが。塵になるがいい」
「ひぃぃぃ!」
怪盗フォックスの悲鳴が響き渡っていた。




