本日二人目のお客様
「……とりあえず売れたな」
【……売れた。すごい】
「初じゃねーかな?」
お嬢様以外で高額商品が売れたこれは大きな一歩となるだろう。
俺達はこのささやかだが大きな変化にホッと胸をなでおろした。
「……まぁ、まだまともに始まってもいないんだ。だがペースはつかんだ気がする。幸い人が来ない訳じゃないだけでも良しとしよう」
俺は頷く。
このお店は客こそ少ないが、人の出入り自体は多かったりする。
そんな話をしていると早速、馬車の音が店の前に停車した音が聞こえた。
「お邪魔します、ダイキチ」
わさっと巻き毛を揺らして現れたシャリオお嬢様に俺は粛々と頭を下げた。
「これはお嬢様。今日はどうなさいました?」
「お邪魔しますわ、ダイキチ。今日は扉がありますわね」
「……申し訳ありません」
本日、シャリオお嬢様は鎧と槍を携えて現れた。
俺は何事かと身構えているとシャリオお嬢様は微笑み、不機嫌というわけではないらしい。
「かまいませんわ。それよりもだいぶん片付いてきたようで何よりね」
「ええ、おかげさまで。ようやく店らしくなってきました」
実際結構頑張っているので、見た目は店の体裁が整ってきている。
シャリオお嬢様も、目新しいものが増えてきた店の棚に興味を持っているようだった。
「商品も順調に増えているようね。王都はどう? きちんと狙い通りの物は見つかっているかしら?」
そしてシャリオお嬢様の問いに、俺は頷き返すことができて安堵した。
「はい。やはり人の流れがあると、思いもよらない物がたくさん見つかりますね。市場を探してみましたが、俺でも使用方法が分かるものが見つかりました」
ガラクタの中にも今後お勧めできる可能性を秘めたものは見つかっていた。
ただちょっと自信満々に言いすぎてしまったかもしれない。
シャリオお嬢様はパンと手を叩き、期待を大きくしてしまった。
「まぁ、素晴らしいですわ! ……それで、例のものは見つかりまして?」
ググっと顔を寄せてくるシャリオお嬢様は何とも話の早い人だった。
例の物というと、やはり美容製品か。
だが残念ながら現状お勧めできそうなものはそうなかった。
なにかなかっただろうか? 修理したものを思い浮かべた俺はあるものを思い出し棚から引っ張り出してきた。
「……では、こんなのはいかがでしょうか?」
そう言って取り出したのは四角い体重計だった。
「何かしらそれは?」
俺の取り出した四角い板を眺めて、眉間にしわを寄せるシャリオお嬢様にさっそく体重計の用途を説明する。
「はい。こちら体重計でございます。体の重さを測るものです」
「……重さが分かってなんだというの?」
ちょっと凄味を増したシャリオお嬢様の眼力をどうにか耐え、俺は説明を続けた。
「これは、体脂肪率というものを測定する機能が搭載されていまして、脂肪と筋肉のバランスを数字で管理できるのです」
「すると、どうなのかしら?」
「見た目だけではわからない微妙な変化を、数字で管理できるのです。プロポーションとは鍛えすぎても、だらけすぎても崩れるものです。自らを常に美しく保つ、その一助ができればという真心あふれた製品ですとも」
たぶん間違っちゃいない。
体を鍛えぬいたアスリートでも運動不足のあなたでも、体重計は恐ろしくも頼もしいサポーターであるはずだ。
お嬢様はなるほどと体重計をじっと見つめる。
まだ迷いがあるらしいシャリオお嬢様を、俺はそっとひと押しした。
「今なら異世界人による、理想の体重メモもつけますが?」
「! ……いただきましょう」
「ありがとうございます」
異世界に興味のあるお嬢様はがっちりと体重計を受け取った。
いわゆるBMIというやつだ。いや……筋肉は脂肪よりも重いので、騎士のお嬢様には少々重めに設定した身長に対して健康的な体重一覧を贈っておくとしよう。
静かに取引が終わり、俺達はお互いに頷きあった。
今日も満足のいく取引ができてこちらとしても満足である。
「……ところで武装していらっしゃいますが、これから何かあるのですか?」
せっかくなので世間話くらいのつもりで、俺が物々しいお嬢様の格好について指摘すると、シャリオお嬢様はため息交じりに頷いた。
「そうです。これから貴族の邸宅の警備なんですの」
「警備? なんか新撰組がやりそうなことですね」
王都の警備はツクシ率いる新撰組がやることが多いはずだが、そこを指摘するとまずかったらしい。
シャリオお嬢様の方眉の角度が上がる。
「……そうですね。本来であれば彼らの領分ですが、今回は少し事情が異なります。最近王都を騒がせている怪盗を知っているかしら?」
何それ面白い! 内心そう叫びたいのをグッと堪えて、俺はできるだけ怪訝な声を絞り出す。
「……怪盗ですか?」
「ええ。貴族の所有する屋敷に忍び込み、金目の物を奪って回っている不届き者ですわ。被害者が貴族ですから、騎士団も動くことになりましたのよ。まったく、屋敷ごと燃やしたいのかしら?」
いらだったシャリオお嬢様は、なんか物騒なことを呟いた。
「……燃やしたくはないと思いますけど」
「でも燃えるわよ」
当り前の事を言わせるなとばかりに嫌な顔をするシャリオお嬢様の言葉で、俺もなんで彼女が任務に乗り気でないのかようやく察することができた。
言われてみればその通りだ。ドラゴンと渡り合えるあの炎で戦えば、住居なんてあっという間に全焼間違いなしだろう。強い魔法は人間に使うには危険すぎる。
「……すごいですね。貴族」
「そうよ。貴方も王都にいるなら怒らせないようにしなさいな。わたくしを基準に考えていると、火傷ではすみませんわ」
まぁおっかない。
シャリオお嬢様を基準にしても十分おっかないですっというセリフはすんでのところで止められたのは、俺もすでに貴族のすさまじさを知っている一人だからだ。
「お嬢様も大変ですね」
「全くですわ。本日深夜参上しますって予告状までだす不届き者よ。そのやり口でもう何度も盗みを成功させているのだから、面倒くさい。ふざけた話だけれど、考えてみれば、狙いも悪くないのです。貴族の屋敷の中では魔法使いは本気を出せないし、地位が高いから新撰組もうまく動けない」
「ああ、まぁ実力がある人ほど体裁は気にしそうですよね」
いろんな要素が絡み合い、現状怪盗に好きにされているということか。
「そういうことよ。それで騎士団の隊長クラスまで警備に回すなんて非常識だとは思うけれど……そろそろ時間ね。また顔を出すわ」
「はい。本日はご来店誠にありがとうございます!」
「よくってよ」
立ち上がったシャリオお嬢様に俺は尋ねた。
「ちなみにその怪盗ってなんていう名前なんですか?」
「フォックスと名乗っているらしいわ。それではごきげんよう」
シャリオお嬢様は怪盗の名を告げ、颯爽と店を後にした。
俺は頭を下げたまま、口元をゆがめる。
「なるほど……王都を騒がす怪盗か……フッフッフ」
【……てんちょ、悪いこと考えてる】
「まぁなんとなく想像つくけどな」
店の奥から顔だけひょっこりと出す店員達の呟きは、聞かなかったことにしておいた。




