クマ注意
【……お店がたいへんなことになってる】
店番をしていたニーニャがたいそう慌てていたから、誰かやって来たんだろうと思っていた。
店に来るまでは冷静に対応できる自信があったが、俺は店に入った瞬間絶句した。
「ホントに大変なことになってるー……」
中には同じ格好をした大量のクマのぬいぐるみがわちゃわちゃと動き回っていたからだ。
なんだこれ? 意味が分からない。
「……うーん。こうも予想から外れられると棒立ちになるなぁ」
俺の目の前にはボルサリーノ風の帽子にサングラスのクマのぬいぐるみが沢山いる。
腰くらいの大きさのぬいぐるみ達は俺達に気が付くと一斉にこちらを見た。
「ヒィ! な……なに?」
そしてギャングスタイルのクマ達は入口から俺まで道を作り、器用に玄関を開いて黒づくめの女を店に招き入れた。
相変わらずスーツで男装である。長いコートと羽根のファーがゴージャス度が高い。
イーグルは腕を広げ、綺麗すぎるモデル歩きで店内に入店する。
「やあ。ここが魔法の世界の電気屋かい? 探すのに少しばかり苦労してしまったよ」
「……ええ。そうですよ。えっとこのクマさん達はいったい?」
手っ取り早く知ってそうな人に尋ねるとイーグルはふふんと自慢げにクマ達を紹介した。
「ああ。彼らはオレのファミリーさ。かわいいだろう?」
「ファミリー……ですか?」
「そうだとも」
今一よくわからないんだけれども。
どうやらそれ以上の説明はないようだった。
「仲よくしてくれると嬉しいね。じゃあさっそく、話が聞きたいんだが?」
「ああ……はい、今日はどのようなご用件で?」
もちろん俺とて見当はついているが、イーグルは来客用の椅子を引き、さっと優雅に長い足を組んで座った。
「実は白い鎧をつけた異世界人から、ここに来ればエスプレッソが飲めると聞いたんだ、本当かい?」
ええもちろん。ご用意していますよ?
わざわざ紹介しておいて、備えないわけがありませんとも。
まして怠惰の料金が鉛玉になりそうならなおさらだった。
「……少々お待ちください」
さて果たして喜んでもらえるのかどうか?
誠実に対応したいところだが、修理した品に問題がないと断言はできない。
俺はちゃんとしたエスプレッソを飲んだことがないからだ。
微妙にマズイとか言われたらどうしようとか思いつつ、俺はマシンの準備を始めた。
コトリと小さなカップをイーグルの目の前に置いた瞬間、彼女はブルリと震えた。
「お、おおおおお……夢にまで見たエスプレッソが目の前に……こんなに嬉しいことはない」
ちっちゃな器に入った液体の匂いを肺の奥まで吸い込み、堪能しているイーグルはすさまじく幸せそうだ。
イーグルは大事そうに泡立つエスプレッソを眺め、軽く手を上げる。
「すまないが、砂糖はないかな?」
「砂糖? はいはいありますよ」
俺が差し出す白い器を受け取ったイーグルはためらいなくエスプレッソにザッと大量の砂糖を投入する。
俺は戦慄した。
エスプレッソって砂糖入れていいものなんですか!?
あの強烈な苦みは、無知ゆえの苦しみだったと?
密かにショックを受けた俺だったがイーグルの浮かべた笑みに驚きを飲み下した。
「オレはこの飲み方が好きでね」
「ああ、うん……いいですよね」
おいしそうに小さなカップの中身を飲んだイーグルは最後にカップの底に残った溶けきれていない砂糖をスプーンですくって食べている。
なるほど、なるほどね。そうやるのか勉強になります。
新しい文化に触れ、大人の階段を一歩上った俺は、堪能したイーグルと目が合った。
「ハハハ、そうやって熱っぽく見られていると照れてしまうな」
「ああ、いやはは。どうです? ちゃんと入れられていますか?」
つい不安が出て尋ねたことで、ちょっとだけ貼った見栄も台無しである。
ただ、俺の些細な虚栄心などお見通しだったようで、イーグルはさわやかに流して、質問の回答として深々と頷いた。
「……ああ、素晴らしい。半信半疑だったが、ここに来て正解だった」
「ええ……それはよかったです」
「本当に、この世界で目当ての製品に巡り合えるというのは、奇跡としか言いようがない確率でね。オレも難儀していたんだよ」
「そんなに見つからないものですか?」
案外探せば見つかるものじゃないだろうか? と俺は首を傾げた。
まぁ俺だって偶然見つけただけなのだが、イーグルの頷きには実感がこもっていた。
「ああ、全く全然見つからないね。そう思えるのなら君は相当に幸運だよ。こんな商売をしているんだ。君もこの世界以外の世界を知っているんだろう?」
質問にどう答えたものかと一瞬考えたが、こうまで確信を持たれたら頷くほかなかった。
「ええ、まぁ」
「オレも外から来た人間なんだけどね、つながる世界は星の数だ。どんな可能性の宇宙からどんなものが来るのかもわかったものじゃない。それだけ当たりが少ないってことさ」
「そうですか? 案外偏りとかありません?」
少なくとも鉱山で発見されるジャンク品は、人間が使うものが多かった。
それはいつもゴミ山を片付けていた俺にはある種の確信がある。
するとイーグルの目が輝いた。
「へぇ、それは面白い話だね。実は王都には妙なゆがみがあってね、最近まで近づくかどうか悩んでいたんだが、電気屋があると聞いて決断したんだよ」
「ゆがみですか?」
「ああ。ゆがみはこの世界では常にどこかで起こっている自然現象だ。ところがここのゆがみは誰かが人為的に起こしたみたいに不自然だった」
「そういうのまで分かるんですね」
「ああ。わかるね。何か心当たりはあるかな?」
だが自信満々に言われて、考えてみると、まぁ俺達の召喚なんかが一番怪しいと言えば怪しい。
ずいぶん昔からやっているようだし、俺やツクシのような同じ世界の人間を複数呼び出すようなことがあるなら、いくらか影響もありそうである。
「……わかりませんね。しがない雑貨屋ですので」
だがそれはあくまで予想の話だ。
俺が目の前のギャング風のお姉さんに懇切丁寧に説明する必要はないように思われた。
「そうかい? まぁ、わかったからと言って、どうこうするつもりもないんだがね。だが、気を付けることだ。危険な場合もあるからね」
「……そうなんですか?」
肩をすくめて穏やかに微笑んでこそいるが、イーグルの目の光には真剣なものが混じっている。
「ああ。注意していて損はない。じゃあオレはそろそろ行くとしよう。エスプレッソマシンを買い取ろうかと思っていたが、機械も本格的なようだし、君の方がおいしく入れられそうだね」
「えぇーそうですか?」
「また飲みに来るよ。それじゃあ」
言いたいことを言い終えたのか話を切り上げて、今にも帰ろうとしていたイーグルだがそこで俺は気が付いた。
いや帰られるのは少しまずい。
今、ココこそ売り時である。
「……待ってください!」
「なんだい?」
思わず呼び止めてしまった俺は、使うことがないと思われた切り札を一つ開示することにした。
「実はコーヒーメーカーには……エスプレッソ対応の小型のものもございますが? 今なら新型のバッテリーとセットでお安くなっております」
「……そこのところ詳しく説明してもらえるだろうか?」
イーグルはかなりの勢いで食いつき、小型のそれを高額で買って行った。




