世界の揺らぎ
「よーしとうちゃーく! ここをキャンプ地とするぞ!」
ツクシの甲高い声が響き、筋肉集団がピタリと止まった。
誰もかれも軽く息を乱す程度に鍛え上げられた新撰組は、選りすぐりの猛者である。
久しぶりのハイスピードマラソンに俺は息を切らし、さわやかに汗をぬぐった。
「ふぅ……やっぱしんどいなこれ。あそこまで平然とは無理だわ」
「いや十分すごいよ……」
リッキーとニーニャがやや引き気味にぽかんとした顔で俺を見ていたが、ここで驚くのはまだ早い。
「いや……きついのはここからなんだわ」
「えぇ……この上どんな過酷なことするのさ……」
青い顔をしているリッキーに俺は表情を引き締めてみせる。
過酷。まさにその通りだが、訓練というほど明確にやることが決まっているわけじゃない。
やることはとても簡単である。
長旅から解放されたリッキーは疲れ気味に馬車の外にフラフラ歩いて行って、そこで何かを見つけたようだった。
「あ、これってスライム?」
リッキーの足元にはスライムがいた。
スライムとは小型のモンスターで、割と頻繁に目撃される種類である。
頭に張り付かれると死亡することもあるが、基本的に動きが遅く、危険は少ないモンスターだと言われている。
だがそれを見た俺はすぐさま叫んだ。
「リッキー! 逃げろ!」
「へ?」
ゾワリと広がったスライムは、リッキーに襲い掛かった。
そのスピードは恐ろしく速い。
「ひっ!」
リッキーは喉をひきつらせたような声を出すが、周囲の反応はさらに速かった。
青い羽織の兵士達が一斉にスライムに殺到し、スライムは一瞬で針山にされた。
「ひぃぃぃ!」
俺は地面に転がり四つん這いで震えるリッキーの肩を叩き注意した。
「リッキーこの辺のモンスターは強いんだ。油断したらダメだぞ?」
「……い、いやスライムも怖かったけどでっかい兵士さん達が殺到するのもなかなか」
それだけ口が回る余裕があるなら大丈夫そうだ。
スライムはどろりと溶け出し、どうやら無事急所の核を貫いたようだった。
確かにショッキングな光景である。しかしこの先延々と続くことを考えるとビビってばかりもいられない。
「リッキー……こっから先はただ生き残るのだよ。この森はモンスターの巣だから三歩歩けばモンスターと出会う」
「それ訓練じゃない! 実戦でしょ!?」
リッキーに必死の形相で詰め寄られたが、こんなところで体力を減らす気にもならず、俺は淡々と説明した。
「……そうだよ。戦うための筋肉は戦って鍛えるのさー。夜も昼もなく森の中をひたすらに走り回ってモンスターと戦いまくる。……そして仕留めた獲物をひたすら喰らう。腹いっぱいになっても喰らう。良質なたんぱく質を体内に取り込み、血肉にした時、初めて肉体に良質な筋肉は宿るんだよー」
「うわぁ……」
顔を見るのはやめておこう、リッキーは間違いなく引いていた。
口にすれば単純なことだが、この地獄を説明するのにこれ以上言葉はいらない。
そして勇者を守る盾に、その辺りのモンスター程度に後れを取る軟弱者など存在しないのである。
俺は遠い目をしていた。
ちょっと嫌なことを思い出したが、膝はなんとか震えていない。
そんな俺を正気に戻したのは、ドンと揺れる地震だった。
「来たぞ! 空だ!」
誰かが叫び、森の上空を見上げる。
ゆっくりと延びてゆく黄土色の竜巻が空と森を繋ぎ、バチバチと紫電を発していた。
竜巻は何とも歪で、中に巨大な影が現れる。
影の正体は見上げるほどの巨岩だった。
それはどこかから突然現れて、最終的に山のようなサイズになると、軋むような音を立てて浮かんでいた。
「うおおお! なんじゃありゃー!」
リッキーが声を上げているが、鉱山育ちの人間がそれを言っちゃまずいだろう。
「リッキーも知ってるだろ? あれが転移だよ。ああやって他所の世界からやって来たものに魔石が結晶化するんだって親方から教えてもらったよ」
「でも! 実際そんなに頻繁に見れるようなものじゃないだろ! 僕あんなにでっかいのは初めて見たよ!」
「それもそうか……うぉー! すげぇー!!」
「君だって叫びたかったんじゃないか!」
「そりゃそうだろう! 俺だって初めて見たよ! あんだけ大迫力なんだぞ!」
つい鉱山にいたし、玄人感出さなきゃなんて見栄を張ってしまったが、こんなもの興奮するに決まっていた。
一緒に来た新撰組の兵士達もどよめいていたが、ツクシが話し始めると一瞬でそのどよめきは消えた。
「よし! じゃあここからは全員好きなように森に散れ! 出て来たモンスターなんかはチェックして報告な! 暴走してるやつは即討伐! お仕事も忘れないようにするんだぞ!」
「「「はっ!」」」
今日はきちんと指揮するツクシに、やはり兵士達は綺麗にそろった敬礼で応え、解き放たれた野獣のように猛烈な勢いで森に消えていった。
ああなったあいつらは筋肉の野獣である。
ひとたび遭遇すればモンスターだって物理的に骨までしゃぶられるだろう。恐ろしい。
キャンプ地に残ったのはツクシと、ヒルデ副長。そして数台の馬車と俺達三人だった。
ヒルデ副長は俺達のところにやってきて挨拶した。
「大丈夫でしたか? 馬車は揺れたでしょう?」
「……いえ、なんか驚いているうちに終わってしまいました」
リッキーが正直な感想を漏らすと、ヒルデ副長は他所向きの非常に美しいスマイルで、リッキーに笑いかけていた。
この人の笑顔の破壊力はすごいんだよな。
やはりリッキーもクールビューティの微笑を前にして、ほんわかしていた。
ちょろいもんである。
「この辺は他よりはモンスターも少ないですし、大丈夫ですよ。でも急いでモンスター除けのお香を焚いて、キャンプの準備をしてください。後の手順はそこにいるダイキチさんが知っていますのでわからないことがあったら彼に聞くといいでしょう。では私も森に入りますので、あとはお願いします」
「了解です」
俺が条件反射で胸を叩いて敬礼すると、ヒルデ副長は軽く頷いて見せた。
そしてツクシはぶんぶん手を振って、今にも飛び出す寸前だった。
「じゃあなダイキチ! 集合は三日後だ! 準備が出来た後は自由にしていいからな!」
「ああ。わかってるよ。頑張りな」
「うん! でっかい獲物期待してろよ!」
説明はすべて終わったらしく、二人も森の中に飛び込んでいった。
そしてついに残されたのは、兵士じゃない俺達だけになった。
ぽつりとリッキーが呟く。
「えぇー……じゃあ僕達はどうするのさ? このモンスターだらけの森で取り残されちゃったんだけど」
【…………】
途方に暮れて青ざめるリッキー。
ニーニャも先ほどから静かだが、どうやらテレパシーを送ることもできないほど混乱しているとみた。
最初はみんなそうである。
ここは経験者らしく俺はパンパンと手を叩いてはっきりと指示を出した。
「じゃあさっさとお香を焚いてキャンプ地を作ろう。お香はでっかい拳大の塊が馬車に大量に入ってるから、火をつけて四方に置けばそれで終了だよ」
とてもさわやかに簡単でしょ?っと笑う俺に、じっとりとした視線が集まった。
「あ、あのさ……僕ら、ちゃんと生きて帰れるんだよね?」
「……あー……大丈夫だよ? 死人は……不思議と出てないし」
「目が泳いでるよ。それって死人が出ても全然不思議じゃ……ないってことなんじゃ」
【……!】
脂汗を浮かべるリッキーと両手を握り締めたニーニャに詰めよられたが、生きて帰るだけならばここから動かなければいい。
キャンプ地はやはり拠点なのでかなり考え抜かれて設置されている。
三日後には全員集まるし、一日もすればモンスターを狩った兵士達が戻ってくるはずである。
「簡単に説明するとだ、俺達の任された仕事はキャンプ地の設営と、兵士達が持ってくるモンスターを片っ端からさばいてバーベキューの準備をすることだ。だけど、俺はツクシから魔石の採取も許可されている」
「そ、そうだよ。それは聞いているけど……まさかあの森に入るの?」
リッキーは今更本当の危険に気が付いて怖気づいていたが、こんなうまい話に危険がない事はない。
「……当然そうだとも。他にどうしろと?」
俺はにっこり微笑む。
リッキーもにっこり微笑んだ。
ニーニャは視線を俺達の間できょろきょろとさ迷わせていた。
「もっと早く言ってよ!」
「何言ってんだ。最初から魔石堀りに行くとは言ってただろ? さぁ魔石の採掘だよ! 張り切っていこう!」
「嘘だろ!?」
モンスターを新撰組の連中が狩りまくっているから、むしろその手の危険は普段よりも低くなっているとさえ言える。
リッキーの肩をがっちり掴んで俺はひとまず逃走を封じにかかった。
「なんてね。まぁ俺だってそんな無茶は言わないよ。リッキーはここで待っていてくれればいいんだ。そういえばリッキー。例の物持ってきてくれてる?」
「へ?」
混乱に乗じて、俺はリッキーにお願いしていたとあるものを催促してみた。




