降臨祭終了日
「っつ、疲れた……」
嵐のような一日を終え、俺は無事次の日の朝を迎えたのだと、朝日を浴びて実感していた。
降臨祭はトラブルはあったが勇者の迅速な行動によって、最小限の被害で幕を下ろした。
魔王の襲撃は降臨祭の大事件として、すでに王都で語り草である。
ただ、いまいち納得いかないのは、その祝勝会を俺の家でする理由だった。
掃除の礼は確かにしようと思っていた。久しぶりに会ったあいつらに土産物だって用意していたのはいたさ。
でも、俺だって疲労困憊なのだ。
そんな中、食欲の権化みたいな集団の飯の準備をしなければならなかったのは違う気がする。
そりゃあ本当のところは言えないわけだが、それにしたってつい何日か前まで旅をしてきた友人に対する仕打ちではないと思うわけだ。
魔王に立ち向かい、圧倒した勇者ツクシの人気はさらに上がることだろう。
そんな中で俺の活躍は、というか白い戦士の活躍はそっと脇に置かれて、処理される。
望むところである。
ヒーローの美学とは華々しくあるだけではない。人知れずひっそりと行われる正義も十分ヒーローだと俺は信じていた。
「まぁ想定内。あれだけ目立つ格好なんだ、今後敵認定されることもないはず……たぶん」
打算ももちろんあったわけだが、どんな活動をするとしても、活躍の場は必要である。
「うん。イメージは大切だよな」
俺なりに頭の中を整理して、昨日のあれこれに折り合いをつけた朝だった。
今日は店の方の片付けでもするかと一階に下りて行くと、俺の危険センサーが僅かに反応した。
「この揺れは……まさか?」
王都の床はよく揺れる。
慣れ親しんだ地鳴りに俺は身構える。
いやしかし昨日の今日であいつも注目が集まって大変だろうにと思い浮かんだ顔をいったん否定したが……無駄だった。
打ち消したはずの顔は数秒後に、玄関を破壊して実物が現れたからだ。
「だいきちぃ! たいへんだぁ!」
ガツンと大きな音がして祭りの間に直してくれたと思われる分厚い扉がへし折れる。
「……ああ、もうほんと大変だよ」
俺はドアを見つめ、ため息を吐くがもう手遅れだ。
現れたのがツクシだけなら怒鳴りつけていただろうが、彼女の横にはなんだかそんなことをすれば消えてなくなってしまいそうなほど小さくなっている女の子がいた。
「だいきち! だいきち! こいつをここにおいてくれ! な!」
「な、なに言ってんだお前? この娘……え? なに?」
訳が分からず尋ねたが、ツクシから帰ってきたのは馬鹿笑いだった。
「あっはっはっは! 細かいことは気にするなだいきち! ほら! 手をだせ!」
「?」
俺はとっさに手を出す。
何をするのかと思っていると、ツクシは俺の腕をがっちりつかみ、俺の親指をナイフで浅く切りつけた。
「ぎゃあああ! なに!」
「じっとしろ! これで……よし!」
そして謎の紙に親指を押し付けた。
俺は今度こそ慌てるが、すでに何かしらの書類には俺の血判がしっかりと押されている。
「おいおい! なにした!」
「よし! これで契約完了だ! よかったな! ニーニャ!」
「……」
完全に固まってしまっている少女はツクシにニーニャと呼ばれていた。
だが混乱しているのは俺も同じことだ。
「……本当に一体何をしたんだツクシ?」
「何って保護者契約だ! 今日からダイキチはニーニャの身元引受人だからな!」
などと意味不明なことを言うツクシに俺の目はしばらく点になる。
再起動するまでに数秒、ひゅおっと思い切り息を吸い込んだ俺は力の限り叫んでいた。
「おいいい!」
「大丈夫だ、だいきち! これが一番いい手だって副長も言ってた!」
「……副長が? マジか?」
思ってもみなかった名前が出てきて、俺は固まる。
ツクシは大きく頷いて胸を張った。
「うん! この子はな? かわいそうなんだぞ? でもな? 魔王になったなんて言ったら処刑されちゃうから、適当に身分を作って信頼できるところに預けるのが一番なんだ!」
「それ選考基準はなんだよ?」
「えーと……だいきちは信用できる奴だな?」
「知らんけど……いや、まぁ信用はともかくだよ。ここの警備なんてガバガバだぞ? もう玄関もないし」
ぽっかり空いた扉のなくなった玄関を遠い目で見ると、冷や汗をかいたツクシが無駄に力強く言った。
「扉は後で修理するぞ! 僕が自分でやるから心配するな! それに勇者の元パーティの家にわざわざ襲撃かける奴なんていないって言ってた!」
誰が言っていたのかはもはや聞くまい。だが知っての通り俺の戦闘力なんて万が一の時なんてたかが知れていた。
「……そういうもん?」
「それに! 僕が遊びに来るから大丈夫!」
「……遊びに来るのな」
「あいつらも喜ぶ! 肉屋をやるんだろう?」
「肉屋じゃありません。同僚を片っ端から連れてくるのはやめてくれ」
えー肉も売れよーと駄々を捏ねるツクシは来た時と同じような唐突さで「では!」と手を上げた。
「僕もう帰るな! 契約したって言って来る!」
「えぇ……」
待てというところまで言い切れず、勇者ツクシは残像と、知らない少女だけ残して壊れた玄関から帰って行った。
取り残されたニーニャという銀髪の少女は所在なさげにきょろきょろ落ち着かなかった。
彼女が不憫なのはわかる。
だがしかしいきなり身元引受人とか言われても反応に困るのはこっちも同じである。
「……どうしよう?」
「……」
とりあえず本人に尋ねてみたが、ニーニャの長く伸ばした前髪からかすかに見える瞳からは混乱しか見て取れない。
俺はガシガシ頭をかいて彼女に話しかけた。
「……えっと。なんかごめんな?」
なんと言えばいいのかわからずとりあえず謝っておく。
いきなりこんなことになって彼女にとっては災難以外の何物でもないと思えたからだ。
事情を知っていれば、この娘の人生も波瀾万丈すぎる。
どこから来たのかも知らないが魔王に寄生され、捕らえられて、よくわからない男の家に放りこまれるなんて、どう言葉をかけたものか、わからないレベルである。
考えてみたが、結局いい言葉も思いつかなかった俺は無難なセリフを口にした。
「なんというか……ダメそうなら早いうちに言ってくれな? 何とか力になるよ?」
あれだけごり押しの契約なんだ、ヒルデ副長あたりに直談判でもすれば、何とかなりそうではある。
他に思いつく言葉もなく頭を抱えていた俺だったが、しばらくしてニーニャはゆっくりとだが頷き俺の手を取った。
するとぼんやりとニーニャの手のひらが輝いて、先ほどの指の痛みが消えてゆく。
【……いやじゃない。……あなたは、私を助けてくれた……】
そしていきなり頭の中に響いた声に俺はぎょっとして顔を上げた。
なんだ今のは? テレパシー? いやそれよりこの娘今なんて言った?
口ぶりからして、どう考えても彼女は秘密を知っている。
まずいなと思ったが……ただよく考えると、別にバレてどうなるということもなかった。
「ちなみに、なんで俺が助けたと思うんだ?」
【……広場でぶっつかった時に貴方の心を見たから……】
何のことだかわからなかったが、おそらくあのピリッと来た静電気みたいなやつだと思い至った。
【……ありがとう】
何か悪意があるならともかく、素直に礼まで言われたら何が言えるわけでもない。
俺はひとまず色々諦めることにして、言葉通りを飲み込んでおいた。
「……俺が中身だってことは秘密にしといてくれたら助かるよ。それに俺は大したことはできなかった。礼ならツクシに言ってくれ」
「馬鹿言え……お前だよ、お前が妙な魔法を使ったせいでこんな厄介なことになったんだ! ふざけんなよ!」
「……!」
いい子だと思ったのだが妙に荒い言葉遣いが浴びせかけられる。
俺はニーニャの顔を見た。
【……私じゃない】
ニーニャは大いに慌て自分の手のひらをかざすと、そこからポコリとテニスボール大の黒い泥が泡のように現れて目が開く。
「俺様だよ俺様! ヒヤハハハ!」
「……」
俺はがぽっと適当なコップに黒いのを捕まえる。
そしてこの黒いのの心当たりを呟いた。
「……魔王か?」
「なにすんだ!」
何するも何も、なんでこいつ友好的に話ができると思ってんだろう?
俺はコップの中身を覗き込んでいると黒いのは微かに笑う。
その笑みはどこか自虐的だった。
「そう警戒せんでも、俺様は無力だよ、お前が本体の中枢を焼いちまったから。ホラあのビリっとくるやつでな」
「ああ……首筋にビリっとやったやつか」
テラさんが指示をくれたからやったが、そのせいでこんなことになったということか。
俺は心配になってニーニャに尋ねた。
「大丈夫か? こんなの体に入れて?」
【……前みたいに操ってきたりとかは……無理みたい】
「そうなのか」
「そうなんだよー」
戸惑いまくっているニーニャに、まいったねと舌を出すミニ魔王。
俺はどうしたものかと途方に暮れた。
このことをツクシと他の連中は知っているのだろうか?
知らなかった場合、言ってしまってこの娘が処刑でもされたら目も当てられない。
俺としては、ある程度リスクのある選択をしなければならないようだ。
しかし妙なことになった。
勇者がいて魔王がいる。
それはいい。別にいたってかまわない。
だがそれならそれでもう少しどうにかならないものだろうか?
「……少なからず憧れってものがあるんだから」
俺は今日も異世界から試されていた。




