決着
「これで逃げ場はない! 四属性の魔法で殺し尽くしてくれる!」
展開された魔法の光が多すぎて、もう魔王の姿すら見えない。
耳に届いた叫びとともに攻撃は始まった。
まずは一発と俺の死角を狙うように飛んできたそれをツクシが拳で打ち落とす。
そしてツクシは声を張った。
「来るぞロボ! 頑張れ!」
言われなくても必死にやる。
というか一回でもしくじれば後は残りの魔法に狙い撃ちにされて、いくらなんでも死にそうである。
最初の一発を皮切りに、次々に襲い掛かる魔法を、俺はツクシと背中合わせに片っ端から打ち落していった。
10から先は数えていない。
しかしすべて終わった後が本番だった。
「終わりだ……」
魔王の声が勝ち誇っている。
迎撃を終え、バッと顔を上げた俺はその理由を瞬時に悟った。
「なんだあれ……」
魔法の群れは時間稼ぎだ。
弾幕の向こうに輝く太陽のような白い塊は、見ただけでゾッと鳥肌が立つ。
さっきとは規模が明らかに違う。
魔王は俺達を見据え、巨大な目玉を細めた。
「食らえ……魔の神髄、その身に受けて消え去るがいい!」
「これが本命か!」
どう避けるか、反射的に俺はそう考えた。
だが勇者ツクシはこの状況で楽しそうに俺に言った。
「ロボ! 僕をアレに向かって投げろ!」
「はぁ!」
アレに突っ込んだら確実に消えてなくなる予感があった。
迫ってくる白い天井はまっすぐ俺達に向かって落ちてくる。
行っても引いても完全消滅。なら、行動は決まっていた。
「……手に乗れ! 投げる!」
俺はツクシに従い、バレーのように手を組んで、飛んできたツクシを力の限り打ち上げた。
「うぉりゃぁああ!」
気合一発。ツクシは一直線に飛んでゆく。
そして白い魔法を目の前にして、聖剣を一閃する。
「……マジか」
何かする予感はあった。
見上げた俺は斬れるはずのないものが真っ二つになる瞬間を確かにこの目にした。
もちろん次に勝ち誇ったのは、これ以上ないほど得意げな顔をした勇者ツクシだった。
「知らなかったか! 勇者に斬れぬものなどないのだ!」
「「めちゃくちゃだ!!」」
魔王とうっかりセリフも被る。
だがこれでこそだという信頼が、俺を次の行動へ駆り立てた。
俺はあの一撃が消えることを前提に飛んでいた。
肉体強化を遥かに上回る跳躍力で今度は俺が魔王に突っ込む。
巨大な塊は人間形態の時とは明らかに大きさが違う。
生半可では不発に終わるだろう。
驚愕に見開かれた目玉に、俺は拳を振りかぶり、叫んだ。
「テラさん! 最大出力! 特大のをかますぞ!」
『了解』
俺の拳が魔王の体に触れた瞬間、雷光が目の前に広がった。
「ぐがああああ!」
「とったぁぁぁ!」
雷が肉をかき分ける。
弾けた先に少女を見つけ、俺はマフラーを鞭のように放っていた。
マフラーは少女に巻き付き、絡めとる。
「させん……ぞ!」
大事な依り代を守ろうと魔王は俺ごとすべて取り込もうとするが、もはや遅い。
手を伸ばし指先が触れるその瞬間、依り代の少女の赤い目が開き、俺のことをしっかりと見た。
俺の体に感電したような衝撃があったのは、その時だ。
一瞬、はっきりと言葉を交わすように彼女の意思を感じとることができた。
『ありがとう……このままとどめを刺して』
すべてをあきらめた、控えめな声が聞こえる。
なんでこんなことが分かるのかとか湧き出た疑問は脇に置く。
それより先に俺は答えていた。
「断る!」
少女の動揺は伝わってきたが、これは決定だ。
今ならわかる。
妙な夢を見たことは彼女から俺に向けたSOSだったのだと。
ならば助けなければならない。
他の誰にでもなくこの「俺」に助けを求めた、見る目のあるお嬢さんの期待に、期待以上に応えてみせる。
「なぜなら俺は―――ヒーローだからだ!」
『解析完了しました。彼女の首筋に一撃を』
テラさんの声で、引き伸ばされていた時間が一気に戻った。
元通りピンチで、チャンスの一瞬は、全力を懸ける価値がある。
「おおお!!」
そのまま追突気味に少女を抱きかかえ、首の急所に電撃を流し込む。
黒い肉壁は引きちぎれ、俺は魔王の体を突き抜けていた。
「……よし!」
俺は着地し白目をむいた少女がまだ生きていることを確認する。
「逃がすかぁ!」
さて、ややこしいことは終わった。あとは任せて大丈夫だ。
俺の知る中で最強の力を持った化け物は魔王ではない。
「やったぞロボ!」
俺は強く発光する勇者を見上げた。
「ぐおおおおおお……!」
聖剣で一撃だった。
断末魔も、全ては勇者の放つ聖剣の光に飲み込まれる。
一瞬でみじん切りにされる巨大な魔王の残りかすは勇者の聖剣の力によって光の中に消えていった。
後には肉片の一つすら見当たらない。
「よし! 一件落着! だな!」
聖剣を肩に軽く乗せ、周囲をきょろきょろ見回すツクシはボボンと煙を吹いて、元の姿に戻った。
「……相変わらず意味が分からない。でたらめな力だなぁ」
まだ魔王はどこかにいるかもしれないという不安はあるが、とりあえず今日は勝利を手にできたらしい。
周囲を確認するために走り回っているツクシはさっきまで圧倒的だった勇者の姿とは別人だった。
「……いや待て。浸ってる場合じゃないわ」
しかしそれはともかく、俺はハッとした。
このままあのツクシに捕まったらまた厄介なことになると。
となると行動はすぐに起こすべきだった。
『テラさん。逃げるぞ』
『了解しました。人目につかないルートをナビゲートします』
後はツクシ達に任せて、俺は素早くその場を後にした。




