小さな勇者とヒーロー
静かな朝の時間は、ずいぶん懐かしいそんな風に思えてしまうほどここ最近は大変だった。
瓦礫の片付けに、壊れた装備の再点検。
地下秘密基地に大したダメージがなかったのは幸いだったが、それでも簡単に終わるものではない。
まぁ、中でも一番大変だったのがクレーム対応だが、思い出したくない。
色々あったが俺は何とか生き延びて王都の喫茶店にいた。
エプロン姿で店の前に出た俺は、友人の門出を見送っている。
「……此度は大変ご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げるタカコは大きなリュックサックを抱えて、餞別のバイクと共に旅支度は万全だった。
「本当に行くんだな。待ってりゃそのうちここに来ると思うけど」
「いえ、自分で追いついて捕まえますよ。会っても逃げられるんじゃ意味がないですし」
ふんと鼻息も荒く気合を入れるタカコは、またいつの間にか消えていたイーグルを追う旅を続けると宣言した。
「大丈夫か? 迷子の鉄則はその場から動かないところらしいけど?」
「迷子と一緒にしないでください。今度はきっちりトレースする方法を確立してみせます。ちゃんと追尾できるはずです」
「何か……難儀だなぁ。素直に一緒に行きたいって言えばいいのに」
そう言うとタカコは微妙な顔をしていた。
「いや。そうでもしないとお姉ちゃんと一緒に旅とかできないので。それにただ待っているのは性に合わないんですよ」
そう言ったタカコの目に迷いはなく、ただ色々と吐き出したからか、迷いの色は消えていた。
きっと俺には理解できない二人の関係性があるのかもしれない。
「そんなこと言って。ビルの弁償とかめんどくさそうだからとか言わないよな?」
「実験中の事故です!……ではダイキチさんさらばです! 貴方との旅は実に有意義なものでした!」
しゅばっと手を上げるタカコの動きは迅速だった。
そんなタカコに苦笑して、俺はひらひらと手を振って見せた。
「……俺もだよ。じゃあ気を付けて。何かあったら手を貸すよ」
「では! また会いましょう!」
「ああ。イーグルがコーヒーを飲みに来たら連絡する」
「今度は一緒に来て見せますとも!」
タッタカ重い荷物を担いだまま走り去っていくタカコの背中は朝霧の中に消えていった。
「はぁ……イーグルも普通に連れてってやればいいのにな。どいつもこいつも自分勝手なもんだ」
我を通すのも楽ではないということかと、俺は軽くため息をついて店に戻る。
とりあえず俺は朝ごはんの準備をする。
いつも通りなら準備が終わる頃、最初の客がやってくるはずである。
するとおおよそ時間通りに、ドドドと外から騒がしい足音がやってきて、店の扉をぶち破った。
「ごはん!」
やって来た客は、もちろん春風ツクシで、彼女はカウンターの席にシュバっと座った。
「……らっしゃい」
「うん!」
俺は受け止めた扉をそっと元に戻して、ワクワクしながら席に座っているツクシを歓迎する。
小言は言うまい。
なにせ今日は、簡単な埋め合わせを要求をされているのだから。
俺は彼女の前に、どんぶりに山盛りのご飯。そして納豆と焼き鮭をさし出した。
「お代わり自由だ。とっておきのおかずも出そう」
「うふぉほぅ! やっぱり朝はこれだな! 鮭って普通にいるんだな!」
「まぁいるな。探すのは苦労したもんだよ」
鮭は心の潤滑油である。あの切り身に宿した油が荒んだ心を癒してくれる。
それなりに貴重なそれをタダで振舞っているのは、他ならぬツクシのリクエストだった。
「うん! これで僕のスーツを勝手に壊したのは許してあげるぞ!」
「そりゃどうも。そのうちちゃんと直して返すよ。ホラ、梅干しもあるぞ? 忍者の里特製らしい」
「そんなんあるのか! さすがだいきちだな!」
目を輝かせて小皿の梅干しを宝物のように眺めるツクシの姿を眺めながら、俺は自分のために一杯コーヒーを入れた。
しばしまったりとくつろぐ。
店内の従業員はニーニャもその他のメンツも、まだいない。
この時間は扉がぶっ飛ぶから、客が来るのはもう少し先だろう。
しばし納豆ご飯をかき込む音だけが店内に響いていたが、不意にツクシは俺に尋ねた。
「なぁ? そういえば何でだいきちはパワードスーツなんて作ろうと思ったんだ?」
「……うぬ」
よりにもよって一番言いたくないことを当の本人から聞かれると返事に困る。
ただ、なんとなく何か言わなければならない気がして、俺は口を開いた。
「俺は……まぁ単純に強くなりたかったんだよ。勇者とまではいかなくても、困った人のところに颯爽と現れるヒーローなんてかっこいいだろ?」
まぁツクシが単純にうらやましかったと、ストレートに言ってしまえばそれだけの事なのだろう。
あんまり認めたくはないが、これもまた俺の真実だ。
「ん? んー……」
こういう言い回しは、ツクシならすぐに同意するかと思ったが、返事は渋い。
ツクシらしくない反応に、俺は慌てた。
「や、やっぱり変か?」
俺は正直に言えば、かなりぼかしたが、確信に迫る言葉なだけに思ったよりも動揺してしまったわけだ。
ただツクシは動揺する俺に気づいた様子もなく、首をかしげてしばらく唸っていたかと思うと予想もできないことをポロリと言った。
「そうじゃなくって……だいきちはパワードスーツがなくても困ったときは来てくれたし、いつもかっこよかったぞ?」
「そ、そう?」
「うん! ヒーローみたいだなって思ってた! 作るゴハンもおいしいな!」
「……」
ツクシは屈託なく笑う。
俺はあまりにも不意打ちの言葉に何も言うことができない。
呼吸すら忘れていたが、慎重に冷静さを取り戻して、俺はかろうじてセリフをひねり出した。
「あー……おかわりいるか?」
「いる!」
元気に突き出されたお椀を受け取って、俺は自然にツクシに背を向けた。
なんというか、どうにも反応を試されている気がするが、ツクシにそう言う意図がない事もわかっていた。
俺はきっととても人に見せられない顔になっているだろう。
それを自覚して、ツクシに悟られる前に何としても表情を引き締め直そうと苦心する。
おかわりをよそって、振り向くまでには絶対直す。
わかっちゃいるけど、俺はきっと強がらずにはいられないのだ。
だってどうしたって張り切りたくなるだろう? この小さな勇者の前じゃ。
今日も明日も明後日も、きっと俺は意地を張り続けるだろう。
俺は今日も異世界に試されていた。




