噛み合わないあれこれ
「……ぬぐ」
ビルの屋上は燃え上がり、空の雲さえ消し飛ばして爽快な青が広がっている。
俺は魔法の衝撃で舞台にめり込みんだ体を引き起こし、浮かぶタカコの姿を見る。
「今のは……ちゃんと魔法だったよな?」
『肯定します。再現の難しい技術をよく形にしたものです』
テラさんからお墨付きをもらったら、俺も納得しない訳にはいかない。
個人が持つには分不相応な圧倒的な威力とそれを自在に操れる自由度はまさしく魔法だった。
炎で体を包み、平然と遊ぶタカコは雲と一緒に迷いも払ったのか、高らかに笑っていた。
「ハハハハハハ! 素晴らしい! 今なら見える! お姉ちゃんの見ている景色が! なんて圧倒的な景色なんだろう!」
愉快そうに、何やら解き放たれた様子のタカコを俺はどう解釈すればいいものか?
ただそんな姿を見て、俺は妙にチクリと胸が痛んだ。
それは間違いなく、嫉妬だったに違いない。
「……情けない。まだ引きずってるとか、らしくもないな」
思わず口に出すと、ツッコミはすぐさま飛んできた。
『そうでもありません。マスターは結構引きずる方です』
「……えぇー。そう言うこと言う? 本当に最初から悪あがきを目撃されていた相棒に言われると、ぐうの音も出ないんだが?」
『事実です。実によいことです。うらやましいという感情は、生物的にわかりやすい行動力となるでしょう。おかげで私は存在意義を全うできます』
「存在意義って何なんだよ?」
俺が尋ねるとテラさんは答えた。
『私の使命は人をサポートすることです。貴方はサポートしがいがあります』
テラさん言葉に俺は妙に納得した。
確かに俺ほどサポートされた人間は、少なくともあの基地の関係者の中ではいなさそうだ。
「ああ、頼りにしてるよ」
『それでは、現状に対処していきましょう。おそらくタカコ製パワードスーツは完全体魔王の細胞を完全に制御しているとはいいがたいようです』
「ああ。なんかそんな感じっぽいな」
俺は笑うタカコを見ていたが、魔法を使ってからその変化はさらに加速していた。
羽が生え、下半身は管のようなものが絡み合って蛇のように変化している。
いや、徐々に身体が巨大化している時点でおかしいのは明白か。
「だが……うちの従業員って、羽も生えるし巨大化だってするか? ……いやいやいや」
『……』
妙なことが気になって口走ってしまったが、テラさん沈黙しないでくれ、不安になって来る。
若干迷った俺の肩をポンと叩いたのは、どこからか現れた見覚えのある男装の麗人だった。
「いやいやダイキチ、アレしくじってるよ絶対。どうにかしないと」
「……おう。イーグルじゃないか。死んでなかったな」
俺が視線を向けるとイーグルはちょっと煤けてそこにいた。
縛り付けていた辺りは真っ黒こげだったというのに、イーグルは怪我一つないあたりさすがだった。
「いやーちょっと服が焦げた。とんでもないもの作ってるなぁタカコのやつ」
ポリポリと頬をかくイ―グルの眉が難しそうだと眉間に寄っている。
主に原因は俺だけに自然と頭が下がった。
「なんか……ややこしくしてごめん。仲直りのきっかけにでもなればと思ってたんだけどな」
「こちらこそ。とりあえず煽ってみたけどノープランだったから」
「あんたも割と最悪だな!?」
「よく言われるね。だけどね、タカコがどういうわけか、妙な拗らせ方をしていたから、つい姉心が疼いてしまってね」
だが俺は肩をすくめているイーグルの答えに意表を突かれて、ついぽかんとしてしまった。
「なんか意外なことを言うなぁ」
「そう? 正直オレも首をひねってるんだよ。そんなに異世界大好きって様子でもなかったんだけどなぁ」
本気で理解に苦しむと唸っているイーグルは、たぶん一切嘘は言ってないのだろう。
タカコはきっとイーグルほど本来極端な考え方はしない。こんな変人しかいない場所でもうまくやっているあたり、要領もよさそうだ。
でも今のタカコの場合はたぶん理屈で行動しちゃいない。
勢いと言うと向こう見ずに聞こえるけれど、実際はそうさせるだけの激しい感情があるものだ。
何を思ったのかなんて本人にしかわからないが、俺はなぜと疑問に思うほどでもなかった。
「それこそ……俺のどうこういう問題じゃないけど。憧れちゃったら仕方ないんじゃない?」
「仕方ない……かなぁ? いくらなんでも、ここ、異世界だぜ? オレは割り切っているが、さすがにつき合わせるのは良心が咎める」
気まずそうに頭をかいていたイーグルを見て、俺は不謹慎だが笑ってしまった。
「ははっ。なんていうか……俺は実はあんたは神様的な何かかと思ってたんだけど、そんなこともなかったな」
出会った時から突然現れて、つかみどころのなかったイーグル像からは想像もできない。
だが、なんだそりゃと戸惑うイーグルはやはり人間っぽさを感じた。
「なんでそう思ったのか疑問だね。これでも誰より人間っぽいと自負しているのに。まぁ君に評価してもらえるのは嬉しいよ」
イーグルはちょっと照れながら頷くわけだが、しかしなんだろう? イーグルの俺への評価はなぜかやけに高い。
思えばその辺りも今回の騒動の根本的な原因の一つな気がして、妙に気になった俺は尋ねた。
「ちなみに……あんたが俺に一番価値があると思うところってどこなんだ?」
「ふむ……うまいエスプレッソを入れるその腕は最高に評価しているよ。いや、なかなか出来る事じゃない」
このふふんとご機嫌に答えたイーグル目は本気である。
俺はなんだか力が抜けて、あーっと長めに唸り声をあげた。
「……なるほど。まぁあんたは最初からそうだよな。自由でうらやましいよ」
「そうだとも? 君だってそうだろう?」
そんな場合じゃないとはわかっていたが、俺なりに納得がいって、ついつい笑みが浮かんだ。
ちょっとだけ空気が緩んだ気さえしたが、しかし俺は気が付いてしまった。
浮かんでいたタカコは笑うのをやめてジッとこちらを見ていた。
俺はビクッと身をすくめるが、タカコは微動だにしない。
目は血走り、額に太い血管がこれでもかと浮かんでいたが、こちらの視線に気が付くと、タカコは震えだす。
「……なんですか……私を無視しておしゃべりですか……私を見て―――くださいよ!」
タカコの鼓膜を破りそうな絶叫が衝撃波を発し、全身に紫色の光が走りスパークする。
完全に白目をむいたタカコは、口から煙を吐き出しながら背中に炎を背負っていた。
「アレはさすがに……異常だよな」
「アレはさすがに異常だね」
その姿を見たイーグルと俺は、口をそろえてそう断定した。




