タカコの主張
空気というのは本当に固まるのかもしれないと、なぜだか俺はそんなバカの事を考えた。
まぁ全ては狙ってやったわけではない。偶然である。
姉を探していた妹が、客として現れた姉に再会した。それは実にめでたいことではないだろうか?
喜んで、あるいは涙ながらに再会の暖かな雰囲気、空気は動き出すはずだった。
だが実際は、押し黙ったタカコの顔には妙に影があり、笑顔も涙も浮かんではいなかった。
「やっと……やっと見つけた……」
俺はタカコの能面のような、無表情に恐怖を感じた。
「やーまさか再会するとは。やるじゃないか妹よ」
一方でイーグルの方は、実にあっけらかんとしたものだ。
どうにもお互いの表情が対照的で、状況がつかみづらい。
こりゃあ迂闊に口出ししない方がよさそうだと、俺は店のカウンターの中に引っ込んで成り行きを見守ることにした。
まず言葉を発したのは、いつになく感情的になったタカコだ。
「……久しぶりに会った妹への言葉がそれですか」
「まぁ、そうだね。タカコがここまで来れるなんて思ってなかったよ」
「……!」
一瞬押し黙ったタカコの表情はゆがむ。
そんな様子にため息をついたイーグルは一瞬俺の方に半眼を向けてきたが、俺は俺で目で訴えた。
面倒なことをしてくれたものだ。
さすがに予想なんてできるわけないだろ?
無言のやり取りの後、イーグルは適当な席に座るとタカコを視線で席に着くように促した。
「まぁ落ち着くといい。これでも喜んでいない訳ではないよ」
「……」
だがタカコは言われた様に席にはつかずに、深くこちらに聞こえるほど大きく息を吐いて、イーグルを睨みつけるように見た。
「なら、聞きたいことが……あります」
「なんだい? 今となっては大抵のことに答えられるよ」
だが素直に答えるとは思っていなかったのか、タカコは目を見開く。
そしてためらいながら視線をさ迷わせたが、結局口を開いた。
「何で……突然いなくなったんですか?」
タカコが尋ねたのは何のことはない疑問だった。
いなくなったとは元生まれた世界からということだろうか?
タカコの探している姉がイーグルなのだとしたら、世界を渡る方法を彼女が知っていてもおかしくはない。
だがイーグルは困惑の表情を浮かべていた。
「そんなことが聞きたいの?」
「私にとっては重要なんです」
つまらなそうなイーグルだったが、質問を一応は考えているらしい。
だがあまり意図が掴めていないのか、曖昧に首をかしげながら答えた。
「うーん? やっぱり口にしてしまうと大した理由ではないな。しがらみが煩わしかったから?」
「しがらみ? 何があったっていうんです? 貴女は元の世界でも天才だったでしょう? 並行世界の存在を証明してみせたような人が、気にするようなことが?」
「あったさ。一つ大きなことを発見したらなおさら煩わしくなったじゃないか。オレを失わないように大事に大事にしてくれてさ」
うんざりとイーグルは肩をすくめていたが、タカコは肩を震わせて叫んでいた。
「当り前じゃないですか!」
大声で目を丸くしていたイーグルは、だが目を細めて軽く頷く。
「そう。当たり前なんだよ。オレは価値を示したからね。それはあの世界のルールだった。でもそれじゃあダメだ。だからオレはルールを変えようと他の世界に行ったのさ」
軽い口調だった。だがここは譲らないという意思を感じる。
タカコもそれを理解したのか、一瞬怯んだがそれでもぐっと踏みとどまった。
「何がダメだったんですか……私達のいた世界でなら最高の環境で研究だって出来たでしょう?」
「何もかもダメだ。オレが求める状況ではなかった」
「だから何がダメだったんですか? 私はお姉ちゃんの後を追ってきました。追っていった先の世界でもお姉ちゃんは神様みたいな扱いでしたよ。そこでだって研究だって出来たでしょう? お姉ちゃんを慕う人だっていました。なのに……何もかもを簡単に捨てて、どうしてすぐにいなくなるんです!」
タカコの訴えは疑問と怒りに満ちていた。
だが訴えを叩きつけられた方のイーグルは腕を組んで、本気でタカコの怒りの理由を理解出来てはいなかった。
「……いや。逆に聞きたいよ。オレの後を最後まで追ってきたのならそれがすべてだ。なんでわからないんだ?」
その時のタカコの感情は、なんとも他人の俺からは読み取りづらい。
だけど顔色は青く、ただわかるとも簡単に言えないものだと俺は思った。




