不思議な夢
俺は夢を見ていた。
俺以外の誰かになっている変な夢である。
その誰かはとても暗いところでしくしくと泣いている夢だ。
周りには人がいて、自分を見て怖がるように遠巻きにしている。
そして怒ったように言うのである。
「呪われた力だ」とか。
「恐ろしい」とか。
「お前なんかいなくなってしまえばいいのに」とか。
そう言われる度に誰かは悲しくて、何より怖いからその場から動けない。
気が付くと、誰かの場面は変わって、黒いモノに出会う。
黒いモノは誰かを見て口みたいに三日月形に裂け。
「お前がいい」
とそう言った。
「……!」
バックリ黒いモノに飲み込まれた瞬間、俺はベッドの上から飛び起きていた。
ここは確か、王都の寝室だったはずだ。
秘密基地にいては寝ていられないと判断した俺は、いったん王都に戻って何とか眠ったところまでは覚えていた。
「い、いかん。変な夢見た……」
とにかくおっかない。ホラーみたいな夢をみたせいで、パジャマは寝汗でぐっしょりだ。
寝起きはいい方だと思っていたのだが、自分でもビックリした。
「やけにはっきりしてたが、あれは誰だったんだ? ……まあ、いいか。夢だしな」
とはいえ夢のことなど気にしすぎても仕方がない。
飛び起きたせいで若干疲労感があるが、体力自体はすっかり回復。今日も元気にいくとしよう。
町も今日から降臨祭だ。
さてこれからなにをしようかと考えながら、パンをかじっていると玄関のなくなった表から馬車の音がダイレクトに聞こえてきた。
「……朝からなんだろ?」
そして馬車が家の玄関前に止まったのを確認して誰が来たのか目星をつけた俺はひとまずシャリオお嬢様を出迎えることにした。
「……どういたしました、お嬢様?」
「出てくるのが早いですわね。騒がしいことになっていると連絡を受けたのですよ……なんで玄関がないんですの?」
「いやー突発的な災害に巻き込まれまして」
さぞかし怒られると思ったのだが、シャリオお嬢様は怒り心頭という雰囲気でもなかった。
彼女はあっさりと扉については流し、本題に入った。
「まぁいいです。それよりも、こちらに勇者様がおいでになったというのは本当ですか?」
お嬢様の核心を突く言葉にドキッと心臓がはねた。
しかしそこまでバレているなら渡りに船だ。絶対説明できないとあきらめていたが、少しは光明が差した気がした。
根本的な問題が解決したので、俺は素直に白状することにした。
「ええ、はい。勇者ツクシは昔の同僚でして」
「まぁ! 貴方、勇者様の知り合いでしたの! では貴方が異世界人だという噂も本当だったのですね?」
「いちおう……。異世界人らしいことはあんまりできませんが」
まぁ初対面はお嬢様の馬車に轢かれそうになってるし、どんくさい奴だと思われていてもしかたがない。
それらしくないことはわかっているのでつけ加えると、シャリオお嬢様は俺を改めて眺めて妙なことを言い始めた。
「なるほど……では貴方、今日片付けはいったんお休みして、わたくしについていらっしゃい」
「俺がお嬢様にですか?」
初日でいきなり店を壊すという失態で、手打ちにでもされるんじゃないかと身構える。
お嬢様はしかし、妙に軽い口調で俺の確認に頷いた。
「そうよ。今日は噂の勇者様が闘技場で実力を見せてくださるそうだから。貴方は勇者様と知り合いなのでしょう? 彼女についてわたくしに解説なさいな」
シャリオお嬢様に言われて、俺は昨日ツクシがそんな話をしていたことを思い出した。
「は、はぁ……それは構いませんが」
俺が曖昧に頷くのを確認すると、シャリオお嬢様は指を鳴らす。
「え?」
すると馬車の中から使用人達が飛び出してきて、俺を取り囲んだ。
「ではすぐに準備を。ジャン。彼に使用人の服を着せておきなさい」
「かしこまりましたお嬢様。三十秒で準備を整えますので」
「よくってよ」
「えぇ! ちょ、本当に!?」
俺は抗議の声を上げる間もなく、執事に小脇に抱えられて準備をすることとなった。




