地下室で実験
思ったよりもずっと軽い手ごたえに俺は驚いた。
恐らく怪我はしていないことを確認して俺は胸をなでおろした。
危ういところでバランスを崩し切る前にリカバーできたようでなによりだ。
「悪かった。よそ見をしていたんだ。ゴメンな」
そう謝ると、銀髪の少女は長く伸ばした前髪の奥から不安そうに俺を見上げてコクコク頷いていた。
特になにを言うでもないが、大丈夫だと言いたいことは伝わる。
そしてもう一人、銀髪の少女と同じようにフードをかぶった男が現れて、俺に言った。
「連れが失礼した……王都は来たばかりで歩きなれないものでね。先を急ぐのでこれで」
「ああ。いや。こっちも不注意だったよ。じゃあ気を付けて王都を楽しんでくれ」
俺はこれ以上引き留めるべきではないと銀髪の少女の腕を離すが、その時妙な静電気のような痛みを感じた。
「?」
少女は伏し目がちにしばしこちらを見て、フードの男に続く。
男は少女を視線で急かし、そのまま人ごみの中に消えていった。
「……妙な二人組だったな」
男の方は目は落ちくぼみとにかく怪しい印象だったが少女の方も銀髪と褐色の肌というのはこの王都ではすさまじく珍しい。
少なくとも近場の人ではないだろう。
まぁ、ここしばらくは祭りもあるからそういうこともある。
俺はたいして気にせず、違和感もすぐに忘れた。
店の地下は元々貴重品でも入れておくための場所だったのか、やたら分厚い鋼鉄製の扉が付けられていた。
俺は大きな錠前に渡されていた鍵を差し込み中に入る。
金属がすれる音とともに扉を開くと、そこは石で全面覆われた地下室だった。
俺はひんやりと冷たく、それなりに広さのある地下倉庫を一通り眺め、地下室の中に持ってきていた機材を運び込んでゆく。
組み立ては一人でやるとそれなりに時間がかかったが、そう難しいものではなかった。
「いい感じだ。丈夫そうだし、かなり大きい。何より地下だから人の目を気にしないでいいのがいいな。さて……本当にこんなのでテレポートなんてできるのかな?」
組み上げて電話ボックスのようになった機材の中心に最後にパーツをはめ込み電源を入れると、ぼんやりと輝きだして、床に光の円を作り出した。
どうやらうまく起動したようである。
テラさんの言う通りなら、この光の中に飛び込めば村まで一瞬で移動することができるはずだ。
俺はしかし完成したそれをまじまじとしゃがみ込んで見てしまった。
「おお……じゃあ試してみるかな? ……大丈夫なのか?」
言ってもめちゃくちゃ怖いんですけど。
発掘して最初の人間でのトライだ、うまくいくかはやってみなければわからない。
「……でも迷ってたって仕方がないよな」
ごくりと生唾を飲み込んで、俺は一歩を踏み出した。
体がすっぽりと青い光の中に入って数秒後、ぐんにゃりと視界がゆがむ。
そして景色が正常に戻ると、慣れ親しんだ秘密基地に俺はいた。
「お、おお! おおおお!」
『おかえりなさい。マスター。転移完了しました。無事成功です』
テラさんの声を聴いた瞬間、俺は目頭を押さえた。
「こいつは……こう、こみ上げてくるものがあるなぁ!」
興奮しすぎて涙目になることだってあると思う。
俺を見るテラさんの声もどことなく満足げだった。
『それは大変結構です』
「いける! これはいけるな! 向こうの店も思った以上にうまくいって気味が悪いくらいだ!」
『順調そうで何より』
「まぁ開店前から店の扉が蹴り破られて、マッチョの兵士に囲まれることになったが」
『……それはうまくいっているのですか?』
テラさんは疑問符をつけていたが、改めて指摘するのはちょっと考えてしまうのでやめておいてほしい。
「もちろんだ。すこぶる順調だよ。行ってみたら、宿無しの挙句話は全部嘘まであったんだから、おいしい話にも乗ってみるもんだなって」
『その結論はかなり危うい気がしますが……』
「まぁ、手間をかけた以上の収穫はあった。そう言うことだとも」
実際に考えていたよりもずっと話は早かったし、胡散臭く感じるほど店はいいものだった。それは間違いない事だった。
『……なるほど。玄関は綺麗にしておくべきです。新調するのもよいでしょう』
どことなく適当なアドバイスだったが、せっかく新しく作るなら少し趣向を凝らすのもいいかもしれない、どうせ代金は向こう持ちである。
「そうだなぁ。まぁそっちも急ぎだけどテラさん―――アレはどうなってる?」
『アレですか』
粉砕された扉なんて今は割とどうでもいい。
そんなことより長距離のテレポートでの移動が成功した今、あと一つもできるという確信があった。
旅立って数日、あらかじめ頼んでおいた作業の進捗を訪ねると、望んでいた答えをテラさんは返してくれた。
『パワードスーツの転送準備のことでしたら、すでに完了しています』
「さすがテラさんだ! 心待ちにしていたよ! 本当に!」
『ブレスレット型にしておきましたので、いつでも装着が可能です』
テラさんの声を合図にプシュッと作業台が開き、震えながら覗き込む。
中には金属製のブレスレットが収められていて、俺は震える手でそれを取り出した。
「美しい……あまりにも美しい。この世のものとは思えない」
『そこまでですか?』
「いやまぁ異世界製品なんだけど、何より特別感が俺の心を幸せにした」
腕にブレスレットをはめて眺めているとワクワクしてきて、いてもたってもいられない。
「うぅ……楽しくなってきた! こいつは秘密基地の発掘も手が抜けないなぁ。どんなお宝が眠ってるかわからない! よしちょっとツルハシ取ってくる!」
この興奮を発散するため掘削作業を少し進めようとしたのだが、テラさんからは止められてしまった。
『マスター。中止を提言します。貴方は掘削に並々ならぬ情熱をかけすぎではないでしょうか?』
「へ? そりゃぁ熱も入るだろう。電化製品の新作も出てくるかもしれんし。何よりパワードスーツがよりパワーアップするかもしれない」
『その可能性はあるでしょう。基地内の土砂をすべて取り除くことを優先していただけると作業が捗ります』
「そっか! そうだよな! いやぁ楽しみだ!」
『ですが』
「ですが?」
『発見前に高確率でマスターが死亡します。早めの睡眠を推奨いたします』
「……あい」
そういえば、しばらくまともに寝ていなかった気がする。
しゅんとした俺だったが、テラさんが最後につけたした話題でとてもじゃないがローなテンションではいられなくなった。
『マスター一件ご報告があります。パワードスーツの発展の件なのですが、先日の蒸気機関のテクノロジーを独自に分析し、新たな装備開発に成功しました』
「……ほほう。テンションが上がるんだけれども、テラさんや? もしや君は俺を寝かすつもりがないのかい?」
『まさか。そのようなことはありませんよ』
結局新装備を見た俺はその日、眠る直前までハイテンションだった。




