ニーニャの訴え
「とっいうわけでこうなったわけだ……」
「いえ、意味わかんないんですが?」
俺は若干引き気味のタカコに説明を試みた。
しかし触手で吊り下げられたまま一生懸命説明したのに、努力の甲斐はまるでなかったようだ。
褐色の頬をぷっくりと膨らませたかわいらしい少女の怒りは、触手に伝わり俺の自由を完全に奪っていた。
「ぐふっ。とりあえず基地からここに来てみたが、ニーニャ……なぜこんなことを? というかそろそろ頭に血が上って来たから開放してほしいんだけど」
『怒りの自己主張』
「な、なんでそんなに怒っていつのカナ?」
【……】
尋ねたがニーニャはプイっとそっぽを向いてしまった。
だがその体からにょろにょろ出てきた黒い泥は、大きな目を開いて大笑いしながら正直に語った。
「ひゃはははは! 簡単なこった! 冒険に呼ばれなくてへそ曲げたんだよこいつ! 勇者までは我慢したが、マリーお嬢様は我慢できなかったみたいだな!」
【……!】
「ギャフ!」
ぱちんとニーニャの両手で叩き潰され俺の顔に泥が跳ねる。
ニーニャの顔が心なしか赤いところを見ると、マー坊の言葉は的を射ているようだった。
【……マー坊はしゃべりすぎ】
しかしシュルシュルと触手から解放されたので俺的にはグッジョブである。
俺はハハハと渇いた笑いを浮かべようやく自由になった手で顔についた泥を落とした。
なるほどそう言うことか。
ニーニャにしてみれば、マリーお嬢様はお得意様だが身内というには遠い存在だけに疎外感を感じたのかもしれない。
「しかしなぁ……ニーニャに簡単に声はかけられないだろう。何せうちの店の最大戦力なんだから」
【……最大戦力】
ニーニャの尖り気味の耳はピクリと反応した。
もちろん嘘ではない。
リッキーとシルナークに完全に放り投げたら、遠慮なく好き勝手するに決まっている。
ニーニャという抑止力があるから安心していられるところはあった。
「やっぱ店の顔は必要だろう。リッキーとシルナークじゃなぁ。今やあの店はニーニャのお店と言っても過言ではない」
【ニーニャのお店……】
うんうんと俺は反応が良いニーニャを眺めて頷いた。
「今やニーニャは立派な看板娘だからな!」
【任せて】
シャキッとしたニーニャは絵に描いたように得意げに胸を叩いていた。
もちろんすべて本音である。
しかし、傍らではなぜかタカコが慄いていた。
「……幼女殺し」
「なんか不穏当な発言をしなかったか?」
「いえ……別に」
タカコがゴクリと喉を鳴らして、呟いた発言はちょいと聞き逃すには危険すぎる。
しかし素早くそれは忘れることにして俺はコホンと咳払いをした。
ただ俺から言わせてもらえば、助っ人は出来る限り呼ばないのが正解だという側面があった。
「しかし、困ったな」
【何かあったの?】
首を傾げたニーニャだが、この旅は大変なことも多いがあてもない。
常に何かとんでもない問題が転がっているわけでもないのである。
「いや、何もないからどうしたものかと」
俺はやって来たその場所を眺めいてため息をついた。
現在、周囲に異世界人がいる反応はない。
いましがた大きな事件に今しがたぶつかったわけだが、すでにそれは解決したし、次にいつ面倒事に行きあたるのかは神のみぞ知るところだ。
現在俺達の目の前には海が広がっていたが、それ以外には何もない。
海岸線をとりあえず進んでみようかとそれくらいしか進む指針がない現状では、ニーニャの能力も生かしようがなかった。
「これからどうしようかと考えてたくらいで手伝ってもらうことがあんまりない―――」
が。海は今その瞬間、目の前でぐにゃりと水面をゆがむ。
そしてそれはぐんぐん上に伸びて弾けると海の中から浮上してきたものが顔を出し、滝のように海水をぶちまけた。
「と思ったんだけど……」
【さっそく出た】
「ぎゃあああああ!」
ニーニャの瞳はキラリと輝き、タカコは悲鳴を上げていた。
海から顔を出し巨体は、青白い鱗で全身を覆った蛇のような外観をしていた。