相性のいい人間
「ギヤァアアアアアア!」
犬頭が初めて苦悶の声を上げていた。鏡が砕けて中から出てきたのは、人の腕だ。
「あ、ああ……」
タカコはのけぞってひっくり返り、出てくる腕を凝視する。
それは鏡から姿を現して人型になると、見知った真っ白なボディが現れた。
「ふぅ……何か変化はあったのか? 暗いけど」
「ダイキチさん!?」
『マスター!』
ピュンと飛んで行ったテラさんの反応で、タカコはそれが本物であると確信する。
バシッとその体にテラさんがぶつかり、吸い込まれると、独特な音と共にパワードスーツに光が走った。
「おお、テラさん、戻ったのか! どこ行ってたんだよ?」
『もうしわけありません。未知の力の影響ではじき出されていたようです』
「え? そんなことあるの? なんかAI的なものだとばっかり思ってたんだが?」
『想定外の事態です』
そんなこともあるんだなぁと頷いているダイキチはあまりにも自然で、タカコは恐る恐る尋ねた。
「あ、あの……ダイキチさんですよね?」
「お? タカコもいたか。すまんね、後れを取った」
「ええっと……それもなんですけど、大丈夫なんですか? 私今猛烈に気味の悪い声が頭の中でガンガン響いてるんですけど?」
呪術による精神攻撃は未だに続いているのは間違いなかった。
タカコにしても頭痛やめまいは全く止んでいないのだがダイキチはヘルメットの耳の当たりをカンカン叩くと何でもなさそうに頷いた。
「あー確かに、声は聞こえるな。でも強くなりたいだの生き残りたいだの、言ってることは当たり前のこと過ぎじゃないか? 体調に変化も……特にない? ちょっとうるさいか?」
「タフネス……! いやいやちょっとうるさいですみますかね? 精神がガリガリ削れてきません? 普通の人は気を失いますよ?」
マリアンとシャリオは一瞬で意識を奪われたのを見ただけに、疑惑の目を向けてしまったが、タカコはダイキチも自分を似たような目で見ていることに気が付いた。
「そう言うタカコも元気じゃん?」
「いやいや結構しんどいですよ?」
だがまぁ普通にしていられる程度ではあるのも確かで、相性がいいと抵抗できるというのはダイキチにも適応されているようだった。
しかしタカコにも、なんとなくこの呪術の性質というモノに心当たりはあった。
「そんなことより……ちょっと今ここヤバいんじゃないか?」
ダイキチはすでに蹲り、唸っている犬頭に視線を向けている。
その言葉尻からピリリとした戦意を感じ取り、テラさんはダイキチに答えた。
『はい。アレが呪いの本体の様です』
「どういうものかわかったか?」
『力を収集し、周囲に害悪を垂れ流す厄災です』
「交渉は?」
『成立はしません』
「じゃあ敵だな」
『敵です』
何度かの受け答えの後、パワードスーツは震えだす。
そしてダイキチの体から闇よりもさらに濃い揺らぎが立ち上り、まるで歓喜に打ち震えているようだとタカコは感じた。
タカコは思う。
きっとこの呪いと相性のいい者とは力を求めている人間なのだろう。
しかも前向きにではなく、少しだけ後ろ向きに。
それこそ死に直面した人間が、それを回避するだけの力のない自分を呪うように、劣等感や焦りなんかを原動力にした強烈な感情を持つ人間だと。
「―――!!!」
甲高い叫びを犬頭が上げ、周囲の空間から滝のように落ちて来た無数の化け犬達が襲い掛かるが、ダイキチはその腕の一振りで、粉砕した。
バチバチと派手に弾ける雷撃が闇を払い、ダイキチは吼える。
「なら殲滅だ! 行くぞテラさん!」
『了解』
その渇望こそが、振るわれている絶大な力の源泉だと理解したタカコは、瞬きもせずにその背中を目に焼き付けた。