絶望の中で見た罅
「う、うぅ……気持ちが悪い」
強烈な眩暈に、頭にガンガン響く声は未だに続いていたが、タカコは意識を保っていた。
周囲にはガクリと崩れ落ちたマリアンとシャリオもいたが、完全に意識を失っているらしい。
だがマリアンの狐だけは小さな姿のまま震えていて、タカコが意識を保っていることに気が付くと走り寄ってきて首に巻きついた。
「貴女は気を失わなかったんですね……大したものです」
「結構ギリギリですよ……今も頭の中でガンガン声が響いて割れそうです」
「そうでございますか……いやはや、なら貴女この呪いと相性がいいんですよ」
「相性ですか?」
「そう。呪いは良くも悪くも気持ちの産物ですよ。なじみが良ければ多少耐性もあるでしょうとも」
「なじみが良ければですか?」
「そうですとも。例えば……この呪いの元になった術師と同じようなネガティブさを持っているとか? 貴女、こう……陰険だったりします?」
「……いきなり失礼な狐ですね」
「いえいえ大事なことですよ? もう完全に取り込まれているんですから有利なところは理解しておきませんと」
完全に取りこまれているという狐の言葉はまさにその通りに思えた。
美しかった神社は姿は消し、入ってきた穴もふさがっていて退路はない。
味方は全員倒れていて、まさに絶体絶命だった。
鏡を持った犬頭は未だに立っていて、ぶつぶつと呪文を呟いていた。
「■■■■」
「一体何を呟いているんでしょうね?」
何を言っているのかまるで分らないが、聞いているだけで不快になって来きてタカコは眉間にしわを寄せる。
すると狐はあきれ顔でこう答えた。
「アレは呪文……というか恨みつらみの類でございましょうよ」
「何ですそれ?」
「呪いですもん。まぁ合格ってことなんでしょうよ。向こうにしてみたらここからが本番でしょうからね、取り込んだら咀嚼していい栄養になってくれと」
「……これで私達餌決定ですか? 勘弁してほしいですけど」
「全くです。簡単に逃がしちゃくれないみたいですが!」
ドロンと煙を吹いて狐は巨大化し、牙をむいた。
「クオオン!」
狐は激しい炎を吹きかけるが、その悉くが鏡に吸い込まれ消え失せる。
だがそれは目くらましに過ぎなかった。
「狐妖術―――狐火灯篭」
犬頭に突っ込んだ狐は周囲に突如あらわれたしゃれこうべを浮かべ、放った。
青白く光りを放つしゃれこうべはカタカタと顎を鳴らして、犬頭に襲い掛かる。
それは今までの魔法と違い、初めて犬頭の体を削り取ったが犬頭は声を漏らしもしない。
ただ犬頭は鏡を構え、大量の化け犬を使って迎撃した。
瞬く間に飛んで行ったしゃれこうべは粉砕されて、狐は頬をひきつらせた。
「クアァ焼け石に水でございますね! やっぱり駄目ですか! ―――あ」
バクンと目の前で狐が犬に食べられた。
これでタカコを守るものは何もいない。
間違いなく次は私なのだろうとタカコは悟っていた。
抗う術なんて今の自分にはない。
だがつい口元は吊り上がり。
もれた言葉は一言だった。
「―――素晴らしい」
頭の中の呪文は未だ消えない。
今にも狂ってしまいそうな中で見た呪いはあまりにも強かった。
感情が力を持てばこうまで強いのかと、タカコは焦がれるように手を伸ばす。
その時だ。
『マスターを確認―――来ます』
「へ?」
思いもよらない無機質な言葉が飲まれそうな精神を繋ぎ止め。
バキリと犬頭の持つ鏡に罅が入るのをタカコは確かに見た。