呪いの収集装置
「総員! 戦闘態勢を維持しつつ後退! わたくしが10分以内に出てこなかった場合速やかに撤退なさい! その場合シャリオ=メルトリンデは死亡したものとします!」
ビリビリと腹に響く大声でシャリオは自分の部下に向かって叫ぶ。
そしてシャリオは槍を回転させながら、炎の魔法を燃え上がらせて誰より速く斬りかかった。
自らの背後で爆発を起こし、瞬間的に加速したシャリオは人間を超越したスピードで槍を突き出す。
肝心の犬頭の敵は身じろぎ一つせず、その槍をただ見ていた。
そのまま槍の切っ先を何の抵抗もなく受け入れた犬の頭から、頭蓋骨が砕け堕ちた。
「な!」
一瞬、シャリオも手ごたえを感じたようだったが、すぐに彼女もおかしなことに気がついた。
なぜなら肝心の犬の頭はその場に残っていて、何ら変化なく言葉を呟き続けていたからだ。
犬頭の体を通過したシャリオの槍は敵の体に触れたところからごっそりと消えてなくなっていた。
「……! この!」
その瞬間、シャリオの炎は一層強く燃え上がる。
カッと視界が白くなるほど一気に上げられた火力は並の人間ならタダで済む威力ではない熱線である。
だが生み出された炎は、全て燃え上がることもなく黒い鏡の中に吸い込まれていった。
「なっ……」
あれだけ輝いていた炎は、火の粉一つ残さずに喰らい尽くされて、闇しか残らない。
「避けろ!」
だがそこに間髪入れないマリアンの叫びが鋭く響き、シャリオは距離を取る。
待ち構えていたマリアンはこのわずかな時間で集められるだけ集めた水を、一気に放出した。
意思を持ったかあのようにまとわりつく水は津波となって犬頭を瞬時に飲み込み、水球の中に閉じ込める。
完全に水没した中でしかし犬頭の口は動き続け、なぜか空気の泡すら出ないのに、声も全く止まない。
そしてやはり水の牢も黒い鏡に吸収され、一滴残らず霧散してしまった。
「何だこの手ごたえは……効かないどころか力をごっそり持っていかれる」
「忌々しい! どうなっているのですか!」
肩で息をしてマリアンは呟き、シャリオは声を荒げていた。
一連の攻撃は効果があったようにはとても見えない。
唯一状況を理解しているらしいマリアンの肩の狐はカタカタ震えていた。
「……アレはそう言う性質のものでございますよ。あらゆる力を吸収し収集する。術者なんてとうの昔に滅びていたようですが」
狐の視線の先にはシャリオが叩き割った頭蓋骨が床に転がって、灰になって消えてしまった。
タカコには見ていてまるで勝ち目が見えなかった。
意味が分からず半泣きのタカコの側ではいつの間にか、バチバチ放電するテラさんが浮かんでいて、タカコの肌をチリリとしびれさせた。
「な、なんか怒ってます?」
『そのような事実はございません。ただ、スーツから抜け出たからか、アレがいかに醜悪な存在か理解できます。捻じれた思念の集合体。まさに呪いとはああいった存在を言うのでしょう』
「だ、大丈夫なんですかね? そんなのに捕まってるんですよね? ダイキチさん」
ふと不安になって尋ねると、テラさんは放電をやめる。
『残念ながら、アレに取り込まれたのだとしたらただの人間が生き延びる確率は限りなくゼロに近いでしょう』
そして極めて淡々とそう告げた。