恐怖の塊
全身から炎を吹き出して、叫び声をあげる暇すらなく化け犬は焼かれ、高圧で射出された水流はその体を切り刻み、包み込んだ水で頭部を確保する。
「まぁ一応な」
マリアンは化け犬の頭が入った水の塊を引き寄せる。
もちろん頭部には生えていたキョウジも含まれていて、頭と一緒に落ちて来た。
「うぐ! ……な、なんで魔人がここにいるんです!」
かさかさと床を這って距離を取るキョウジの視線は主に頭をぐらぐら揺らした部下たちに、船ごといったん撤退の指示を出していたシャリオに向けられていた。
「誰が魔人ですか失敬な。残念ですが今あなたに関わっている暇はありません。早くあの怪しげな建物の中に行かねばらいませんので」
シャリオはたいしてキョウジに興味も持たずに、神社の本殿へと歩き出す。
タカコにしてもキョウジと長く話し込む理由なんてなかったのだが、キョウジはタカコを呼び止めた。
「……待ちなさいタカコさん。その先に行くべきじゃない」
「わかってますよそんなこと。絶対さっきみたいな化け物が沢山いるんですよね?」
また外での戦いのようにスプラッタな光景を見せつけられると、浮かない表情のタカコに、キョウジは冷や汗を流して首を横に振った。
「いいえ。貴女はわかっていない……。さっき私が取り込まれていた奴は、ここの主のペットにすぎません。私は餌として弾かれただけだ」
「……あれがペット?」
あの不気味な生物がペットという言葉と結びつかなかったタカコは首を傾げた。
今一納得していないタカコにかまわずキョウジは手を伸ばす。
「行くというのなら、貴女のペンダントを私に渡しなさい。そうすれば私が有効に活用してあげます。あの奥に行かれたら、回収もできなくなる」
「はぁ……まだあきらめてなかったんですか?」
タカコはペンダントをさっと隠してため息をついた。
こうまでしつこいと逆に関心してしまう。
しかしこうまであきらめの悪い男が、ペンダントを回収不能だとそう断言できた理由は気になった。
「あの……じゃあ、あの奥には何がいるんですか?」
タカコの問いは、脱兎のごとく逃げ出したキョウジの後姿を目にしてしりすぼみになった。
「……なんです?」
タカコは困惑を浮かべ振り返った。
「あれ?」
そこで先に行ったはずのシャリオとマリアンが戻ってきているのが目に入る。
そしてその背後の物も自ずと視界に入ってしまった。
周囲は相変わらず闇である。だがこの天地すべてが闇で覆われた空間すべての闇をさっきの化け犬がびっしりと埋め尽くしていた。
「……!」
恐怖が喉をひきつらせて、タカコは悲鳴も出なかった。
踏み入ったところは敵の本拠地と同時に、腹の中だと視界を埋め尽くす化け犬は否が応でも感じさせる。
だがすぐには襲ってこず、一面埋め尽くす化け犬は、ぎょろりと目だけでこちらを見ていた。
そしてタカコは建物から何かが出てくるのを見た。
犬の頭を持った、神職のような白い衣装をまとった人型の何かは、その手に一切光を反射しない鏡を持っている。
その体からは青白い炎がちらちらと燃え、言語とも思えない不気味な音を延々と口から漏らし続けるそいつを前にすると、全身が総毛だった。
「……なんだあのおぞましい奴は」
「……一筋縄でいく場所ではなかったようですね」
そう、ただただ恐ろしい。
だがタカコを守るように立ち、今までないほど青い顔の二人の表情が、何より絶望的だった。