我々は何も見なかった
タカコ達が砕けた壁に向かうと、壁の向こうは思っていた以上に静かだった。
空の上まで黒一色の背景に真っ白な建物が建っている。
音が反射していないのか、距離感は掴みづらいが現実にある場所だとはとても思えない。
「てっきりさっき異常に化け物が沸いていると思っていたんですけど、これは―――」
いやな気配は継続中だが、壁の中の空間を見てタカコは息をのんだ。
「うぁ……全部暗いのに物が見える。一周回って神秘的ですね」
「ああ。変わった雰囲気の建物だな」
「神社の様ですね。植わっている木は桜でございましょうか?」
その不思議な場所を狐は神社と呼んだ。
ゴミ一つ落ちていない境内に、桜の花が咲き乱れ、ピンク色の花びらをまき散らしている。
だが花弁は地面に落ちると吸い込まれるように消えてしまう。
これも呪術というやつなのだろう。
毎度のことだが、世界を隔てた技術はどれもこれも御伽噺の様で理解を簡単に飛び越えて来た。
「でも、アレは……」
だがタカコはつい目をそらしたくなって言い淀む。
美しい景色には当然ながら飛び込んだ船の爪痕があるわけだが、先ほど飛び込んでいった船が予想よりもとんでもないことになっていたのだ。
参道に陣取る犬のようにも見える大きな体の怪生物に、船は半ばほどまで取り込まれていたのだ。
タカコと、そしてマリアンと狐もあまりにもわけのわからない状況に固まってしまった。
「なんか……取り込まれてますけど」
「どう見てもまずいことになってるな……」
「あの犬の匂いがするやつが呪いの本体でしょうか? まぁブクブクとよくもまぁ肥え太ったものですよ」
狐は忌々しそうにそれを睨んだ。
心臓の鼓動のように全身に浮き出す血管をドクドクと脈打たせているそれは、生物というにはまりに歪に膨れがっている。
粘土のように船を体の中に入れて咀嚼するように蠢いていた。
捕食は今回に限った話ではないようで、見覚えのない生き物の痕跡もそこら中に見えた。
そして手のような部分には人間も一人捕まっている様子だった。
「気持ち悪い……あの中にダイキチさんも?」
そう呟くとふわりと飛んできた光の球は否定した。
『あの中にマスターはいません、マスターの反応は奥の建物の中です』
「え? でも、あの犬っぽいのが犯人じゃないんですか? なんだか人間も捕まっているみたいですし……あれじゃあ、迂闊に攻撃もできないじゃないですか」
突っ込んだ船にも人は乗っていただろう。そして外に見える人影を見てしまったら助けようと考えてしまう。
「……一体どうしたら」
「生身の人間がいるなら雑に大技はぶつけられないな」
「あの船は丈夫そうですけど……手に捕まった人は死んじゃいますよね」
呟いたタカコは怪生物の手の中の人物をよくよく見て、そして気が付いた。
「……」
泡を吹いてビクンビクンしている捕食され中の男は エンジョウ キョウジだった。
どうやら今回も先回りして捕まったらしい。
元の世界からしつこく自分をおいまわしてきた相手だけに、タカコはなんてしつこさだとあきれてしまった。
タカコはにっこりと笑い、認識を改めた。
「あーダイジョブです、ダイジョブです。あの人も丈夫なんでやっちゃってください」
「いや……そう言うわけにもいかないだろ」
「……冗談ですよ? ……チッ」
「今舌打ちした?」
いやいや奥歯にものが挟まっていただけです。
「だが、突っ立っているわけにもいかないか」
マリアンは少量の水を生み出したが、マリアンが何かする前に猛烈な炎が船から火柱を上げ、謎の怪生物とは逆方向に吹き飛んで行った。
見事な放物線である。
ガンガンと派手に地面を削りながら転がる船から飛び出たのは赤く燃える女騎士だ。
「驚きましたわね! まさか壁を壊したらあんなのがいるとは! まぁどう見ても危険物ですし、焼却処分でいいでしょう!」
炎は騎士を中心にふわりと広がると、周囲の闇すら払って燃え上がる。
そして起こった爆発は尋常な威力ではない。
「「「あっ」」」
「ギヤアアアアアアアア!!」
背筋がゾッとするような叫び声をあげ、怪しい生物は叫ぶ。
だがその場にいる三人が同時に注目したのは別の人物であり、三人は同時に気まずげにぼんやりと目をそらす。
我々は何も見なかった。
タカコはそっと異世界から追ってきた男に手を合わせておいた。




