迫りくる炎の魔人
最初はわずかな地面の振動だった。
だが伝わってくる振動は徐々に大きくなってきて、地震のように大地を揺らし始める。
「なんだ?」
マリアンは眉を潜めるが、タカコはこの振動に覚えがあった。
そして一筋汗を流すと、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「この振動は……来ますねこれは」
「何が来るんだ?」
「よくわかりませんがいつも突然現れて辺り一帯を焼き尽くして去っていく赤い魔人です」
「赤い魔人……」
あ、察しとマリアンの表情が固まるが、タカコにかまっている余裕はない。
毎回恒例の土煙が見えたのが合図である。
ドリルの車輪に鋼鉄のボディを持つ丘を走る船は、呪いの黒い兵隊を引き潰しながらこちらにまっすぐに向かってきた。
それはまさに新たな嵐の到来だった。
「うわぁ……」
マリアンはなぜかとても疲れ顔で声を漏らしていたが、ものすごい勢いで迫って来る船にタカコは焦って声を出す。
「ってちょっとあれ……止まるつもりなくありません? 減速の気配がないんですけど?」
「……確かにまずい。車に入れタカコ」
「え? あ! はい!」
大急ぎで車に飛び乗り、エンジンをかけた。
そして急発進させるとどこからともなく地鳴りに負けない高笑いが聞こえて来た気がした。
「オーッホッホッホッホッホ! さぁ! 突き進みなさい! あの方はもう目の前です!」
猛烈に嫌な予感がして、アクセルを踏み込む。
目を潰さんばかりの閃光が発射されたのは、射程圏からぎりぎり逃げ切ったその瞬間だった。
閃光は黒い壁に直撃し、さく裂した炎をまき散らす。
喉から引きつった音を出すタカコはアクセルを力の限り踏み続けることしかできなかった。
「ななな一体何が!」
動揺するタカコに答えたのはマリアンだ。
「シャリオのやつ、全力で炎の魔法をぶっぱなしやがった!」
「魔法使いってみんないきなりぶっぱなすんですか!? どうかと思います!」
「あいつは特別派手好きなんだ! だが……アレでもダメなのか?」
全力走行する車の天井から顔を出し、マリアンは呟く。
炎は壁を揺らし、確かに影響を及ぼしているようだった。
だが肝心の黒い壁は崩壊するには至っていない。
「あの火力でだめなら、現状突破する手段はないぞ?」
マリアンの分析は間違いないだろう。
だがそれは同時にダイキチの救出をいったん諦めるということだった。
タカコは様々なものを即座に天秤にかけ、ちょっと卑屈な笑みを浮かべた。
「……残念ですが。仕方ないですよね?」
「案外薄情だなタカコは」
「極限状態で情を判断基準にすると死ぬので」
これ、未開の土地に行く場合は割と大切であるとタカコは信じていた。
それでも別に見捨てたいわけではない。
だが願いもむなしく、炎の勢いは弱まってゆく。
「だめか……」
マリアンのあきらめの言葉に、タカコも眉間にしわを寄せたが、ふと一向に騒音が衰えないことに気が付いた。
「え? この音って何ですかね?」
「……あの船。加速してないか?」
「えぇ?」
マリアンの声にも戸惑いが浮かんでいた。
炎を前方に放射し続けている船は、壁が壊れていないというのに止まらないのだ。
それどころか、今度は後方に炎を吹き出して加速したわけだ。
「突貫!」
高らかに聞こえるのは女性の声だ。
船の先端の巨大ドリルがうなりを上げて、高速回転していた。
最終的に飛んだ船は真っすぐに黒い壁に正面衝突して穴を穿つ。
「……!」
バキバキと派手に罅が入った壁は一気に崩壊。
タカコはブレーキを踏み、急停車して崩れ行く壁を見た。
「……おお! すごい!」
歓声を上げたタカコだったが、次の言葉は続かなかった。
壁が砕けた瞬間、ゾクリと強烈な寒気がタカコを襲ったからである。