呪いを収集する装置
常に空を闇が満たす空間には、無数の桜が咲き乱れていた。
桜を街路樹に石畳の道が続く先には、巨大な鳥居と神社と似通った建物がそびえたっていた。
だがその建物に神聖さは感じられない。
漂う気配は暗く、地を這うような冷たさが満たしていた。
「■■■■■■」
住みついているのはかつては人間だった者だ。
本来であれば神を祭るはずの最奥で人では聞き取れない言葉を延々と紡ぐ、狩衣を着込んだ人の体と犬の頭を持つ化け物は、息継ぎさえせず呪文を吐き出し続けていた。
「■■■■■■」
呪文は彼の体の周囲を黒い靄のようになって漂い、光を一切反射しない真っ黒な鏡の中に吸い込まれてゆく。
彼は元の世界で呪術師と呼ばれる術師だった。
感情を呪いに変え、力を行使する術は数多あり、彼はそれを払い、時には相手を呪い殺す。
天才的な呪術師だった彼は、その魅力にのめりこみ、いともたやすく人の道を踏み外した。
最終的にはその力を恐れた同業者達に強力な呪いを受けて、気が付けば見知らぬ世界へと放り出された。
持ち込めたのは、わずかばかりの呪具と、たまたまその場にいた愛犬のみ。
ほとんど文明などなく、化け物しかいない場所に現れた彼に出来ることは今まで積み上げたものを使うしかない。
彼は己の呪術で更なる力を求め生きのびた。
この世界にやって来る様々な感情を持つ生物を収集し、絶望させ続けことで強力な呪いを作り出し、己の力として上乗せしていったのだ。
元の世界で術師としてあまたの呪いの知識を持っていた男にはそれが、見ず知らずの異世界で出来た唯一の抵抗だった。
だが予想を超える事態が起こる。
それは外からやって来た様々な生物は、実に呪い向きの感情を持っていたのだ。
この世界はあらゆる世界から様々なものを飲み込んで成長を続けているらしい。
飲まれた生物は状況の違いこそあれ、皆わけのわからぬ場所に放り出され、戸惑い、絶望しまたは憤っていた。
強い感情を呪いに変える事は男にとって難しいことではなく、獲物は次から次にどこからともなくやって来る。
時には自分と同じような術を使う者から強力な呪いを飲み込んだこともあって、加速度的に呪いの収集は進んだ。
結果として、続けていくにつれて男は呪いをため込みすぎてしまった。
最初生き延びることだけ考えていたはずが、かつてなく増大する力に酔いしれ、自らため込んだ呪いによって逆に狂わされた。
自意識は希薄になり、際限なくため込んだ呪いに身体は犯されて、彼だった者は人とは程遠い呪いを収集する装置となり果てる。
つい先ほども強力な呪いの力を秘めた獲物を刈り取った。
ぞろりと巨大な犬が闇の中から姿を現して寝そべる。
彼だった者は一切の反応を示さずに言葉を紡ぎ続けていたが、犬は構わずグルグルと鳴いて、瞼を閉じた。