無事だった方では
「……どうしてこんなことに」
タカコは突如降ってわいた状況に頭を抱えていた。
突然の攻撃で、ダイキチは消息不明。
もちろん心配である……心配ではあるのだが……。
「困ったことになったな。さてどうするか?」
タカコの横にはいきなり現れ、紹介すらまだ終わっていない謎の元美少女のイケメンがタカコに向かって視線を送っていた。
タカコはその心臓をわしづかみされそうなフェロモンに戦慄さえ覚え、後ずさった。
「ええっと……どうしたものでしょうね」
たどたどしくそう返すので精いっぱいのタカコは、ふらりと傾く体を気力で支えつつこう思った。
色々一瞬で起こりすぎてイケメンがやばい!
不安な状況ならなおさらである。これが狐の妖術かと、半ば本気で思いかけたタカコは混乱しているのは間違いなかった。
「まぁまぁそう硬くならずに。今はお味方の様ですから、仲良くいたしましょう」
イケメンの肩に乗る元凶の狐は、非常に人当たりがよさそうな声で普通に話しかけてくる。
「ああそうだ。君も成り行きで旅に同行しているんだろう。私はマリーだが……今はマリアンとでも呼んでくれ」
非常にフレンドリーなイケメンと狐の二人に、タカコは深呼吸して気を取り直すと、気合を入れて仕切り直した。
「ええっと……了解ですマリアンさん。私はタカコっていいますです、はい」
「ああ、よろしくタカコ。仲よくしよう」
そう言って顔を寄せてくるマリー改めマリアンに、タカコは身を強張らせた。
すまないダイキチさん! 行方不明中に不謹慎だが、タカコはパンク寸前だ!
ダイキチに頭の中で謝罪しつつ、外面だけは平静を取り繕えたのは奇跡的だった。
幸いマリアンの方は、あまり気にしていないようだったが。
「しかし、どうしたもんか。まさかいきなりホストがいなくなるってのは予想してなかったな」
それはもっともな話で、タカコにしても初手でダイキチがいなくなるなど想定してはいない。
ダイキチはボディーガードであり、不慣れなこの世界の水先案内人でもある。
お互いにそれ以上でも以下でもなく、わずかばかりの利益と同情でつながる関係だが変わらなかったところではある。
そこはまさしく重要なところで、タカコは力強く同意する。
「ええ……とりあえず。助けに向かうべきでしょうけど」
「ああ、敵の場所はだいたいわかる。人質は……まぁ生きていたら助けてやるが」
「生きてますよ。それよりもどう助けるかが問題ですね。何せ得体が知れません」
マリーは冗談っぽく最悪の事態を口にするが、タカコはその心配はしていなかった。
先行きの不安さに頭を押さえはするが、ダイキチは簡単に死ぬような人間ではない。
だが自分の顔を見るマリアンは意外そうで、妙に楽しそうな顔をしていた。
「な、なんです?」
「いや。信頼関係ができているようで何より」
ククッと笑うマリアンだが、自分より付き合いが長いらしいマリアンが分からないということはないはずだと、妙な確信がタカコにはあった。
「そりゃあ……いやというほど。付き合いは短いですが人生のどの瞬間より強烈なインパクトを残す人ですよダイキチさんは」
「確かに。無茶が過ぎるからな。生き残ることにかけては誰よりも才能のある男だろうとは思う」
「まぁわかりますね。前からそうなんですか?」
興味本位でタカコが尋ねると、マリアンは肩をすくめて首を横に振っていた。
「いいや。私も詳しく知ってるわけじゃないが。弱くて器用で異様にしぶとい異世界人と聞いていたよ」
「……ちょっと待ってください? 誰が弱いんですか?」
「あの男だ。ダイキチ」
「いやいやそんなバカな。私はあの人より強い人を知らないですよ?」
それはタカコの純粋な感想だった。
数多の異なる世界の技術をどん欲にかき集め、戦闘能力という一点に研ぎ澄ませたあの姿に、タカコは感銘すら受けていた。
そしてアレを成し遂げた人間が弱いなどという評価を受けるとはとても思えない。
タカコの断言にマリアンは声をあげて笑う。
「おお、ずいぶん高評価だな。勇者は見たことはないのか? 小柄な女の子か、女性の姿かはわからないが光る剣と鎧を持っているはずなんだが。あいつはその勇者とずっと比べられてきたんだ」
勇者は突出した戦闘能力を持っていて、同時に召喚されたダイキチはどうしても比べられてしまう。だからこその低評価だとマリアンは言った。
タカコは記憶を呼び起こし、該当する人物を思い浮かべて唸った。
「あー……知ってますね。でもダイキチさんはあの子よりも強いですよ」
タカコは思い当たった顔を想像してみたが、妙な縛りさえなければダイキチが負ける絵が想像できなかった。
「なんというか……ダイキチさんはまさに異様にしぶといっていう感じではありますが。本気でギリギリのところであの人を殺せる人っているんですかね?」
逆に疑問を感じたタカコの問いに、今度はマリアンは息を飲む。
そして考え込むと、首を縦に振った。
「……ああ、そうだな。そうはいない。最近のダイキチは相当なものだしな。だが確かに、ほんの少し前まで、ダイキチは最弱の男だったんだよ」
「……まぁ過去に弱かったことがあるっていうのは納得してますよ。だからこそあのしぶとさなんでしょう?」
最初から強いなんてことは常にスタンダードではない。
スタートラインは違うのだ。
だからと言って初期の評価だけがその人間の価値のすべてであるはずはない。
この世界においてタカコの持つ強さの基準に確固たるものはない。
実際、目の前のマリアンの基準ではダイキチは弱かったのかもしれない。
しかしタカコが見て来たダイキチは簡単に負けはしないと思えたし、苦境をすべて乗り越えて今の力を手に入れたのだとしたら、納得もできた。
評価はいま変わろうとしている。
理解して頷くタカコに、マリアンは今度は不思議そうな視線を向けた。
「ははっ違いないな。君は男を見る目があるらしい。あるいは君もそうなのかな?」
「さぁ、どうでしょうね?」
タカコは一点の曇りもなく微笑み。マリアンもイケメンオーラ全開で微笑むが、今度はお互いに怯みは一切しなかった。
「さて話し込んでいる場合じゃない。さっさと片付けに行くか」
「ああ、でも私を戦力と数えないでくださいね? 私戦えませんので」
断ったタカコは一歩下がるが、そこでバチっと静電気のような痛みを感じ、驚いて振り向く。
『お待ちください』
「え?」
そこに浮かんでいたのはパチパチ光る黄色い光の球だった。