フォックスの変装術
「まぁところでこの先に何かあるのは確定なんだが……ちょっと頼みたいことがある」
「何ですか?」
「ああ、変装がしたいんだが。なにかないか?」
マリー様の要望は俺の予想もしていなかったことだった。
「変装ですか? なんでまた?」
少なくともこの周辺に俺たち以外でマリーの存在を知る者はいない。それは間違いないと思うのだが、マリーはいまいち自信のなさそうな表情を浮かべて、こう言った。
「シャリオのやつが近くにいそうな気がする」
マリーがシャリオと呼ぶ女騎士の顔が瞬時に脳裏に過り、俺はだくっと冷や汗をかく。
王都でも指折りの魔法使いであるシャリオお嬢様は、現在白い戦士を追いかけて絶賛俺達を追跡中だった。
「……いやいや、そんなバカな」
しかしそれでもこの広い世界でさ迷っている俺達を見つけるのは難しいはずで、いかにシャリオお嬢様でもそう簡単に追いつけるものではないはずだったが、マリーは妙に断言した。
「いや、いるな」
「なんですその自信……」
「なんとなくだ。そう簡単に出くわさない程度の距離だが……鉢合わせするのも厄介だ。だから変装がしたい」
そこまで言われれば取り越し苦労でも、協力しないわけにはいかない。
今まさに助けてもらったばかりでもあるわけだしそう難しいことでもなかった。
店に戻って服屋で何か見繕ってくればいい。
俺にはシルナークという服屋の協力者もいることだし、印象の変わる衣装くらいすぐにでも用意できるはずだった。
「な、無いとは思いますけど。そこまで言うなら何か衣装でも―――」
そう言いかけた俺だったが、フォックスが俺の言葉を遮ってマリーと俺の間に割って入った。
「それはいささかつれないお言葉ですね。変装ならまず私に声をかけていただきませんと」
「というと?」
「化けると言えば狐でございましょう?」
当然だと主張するフィックスだが、いささかそれは無茶が過ぎるんじゃないだろうか?
俺は疑問を口にした。
「いやしかし……化けるのはそりゃあうまいだろうけど。どうやってマリー様を変装させるつもりなんだ?」
「そりゃあ私の狐妖術でどろんとでございますよ」
だが即答してきたフォックスの言葉に、正直俺は驚いていた。
「他人にも使えるのそれ!?」
「当然じゃございませんか。この身一つで化かしあうのにも限界というモノがございます。本気になれば他人を化けさせるなど造作もございませんとも!」
フォックス的には化ける技術は譲れないポイントらしい。
胸を張って主張するフォックスに、マリーは激しく食いついた。
「そうなのか! さすがコンちゃんだ! すごすぎる!」
「そ、そうでございましょう?……」
わしゃわしゃと高速で頭をなでられているフォックスの頭はガタガタしていた。
これじゃあ話が進まない。
俺はひょいっとフォックスをその手の中から回収して、続きを促した。
「じゃあやってみてくれるか? マリー様もそれでいいですか?」
「もちろんだ! 頼むぞコンちゃん!」
「もちろんですとも。では―――ドロン!」
フォックスが一跳ねして空中で回転する。
するとマリーの体が煙に包まれた。
煙の中から現れたのは、凛々しい女騎士ではなく、勇ましい男性騎士だった。
「なんだか視界が高くなったな!」
歓声はマリー様本人のものだ。
特徴的な青い髪こそそのままだが、骨格や喉なのは男性のそれで、元々中性的だった顔立ちはやや男性寄りに凛々しさを増していた。
装備は見なれないが、軍服のような男装で長い手足のせいかかなりのレベルで着こなしているように見える。
端的に言ってしまえば相当な美男子へと変貌したマリーお嬢様だった。
ちなみに確実に身長も俺より高かった。
「おお! 男になったのか! すごいな!」
「どうです! 完璧でございましょう!」
「……うん。すごいね」
別に思うところはないわけだが、俺がそう言うとフォックスは顔をしかめる。
「なんです? 何か思うところでも? ここは褒めたたえるところでございましょうよ!」
ぺしぺしとフォックスは俺の脚を前足でたたいていた。
「うんうん。完璧だね……」
これでも手放しで褒めているつもりである。
あとそんなかわいらしい動作で怒ると今しがた生まれたイケメンがすごい顔でうらやましいと表情で訴えるのでやめた方がいい。
俺が口で言っても、もはや信用はあるまい。
仕方がないので俺は第三者の意見を取り入れることにした。
「タカコ! この変身の評価はいかほど!?」
「ひいき目なしでお願いしますよ!」
「え! 私ですか!?」
いきなり振られてタカコは目を白黒させていたが、青毛のイケメンをじっくりと凝視。
「どうかな? お嬢さん?」
マリーはそもそも騎士である。
紳士的かつ、実に騎士らしい実に爽やかな笑みを浮かべたその破壊力はすさまじい。
一瞬イケ面の後光が俺にも見えた。
「……」
頬を赤らめ、スッと親指を立てる。
フォックスはにんまり。
まぁそうだろうとも、少しでも対抗心を燃やした自分が恥ずかしくなるほど、その戦力差は絶望的なものだった。