マリー様の魔法
マリーは車の天井に飛び乗り、瞼を閉じる。
そうすると彼女の周りには、無数の水球が輪になって飛び始めた。
「うん。これなら干渉くらいはできそうだ……」
確信を持ったらしいマリーの周囲の球体は高速で回転しながら、どんどん小さくなってゆく。
すると周囲の霧が徐々に薄くなり始めていることに気が付いた。
そしてぴょんとマリーの肩から飛び降りたフォックスが周囲を走って回り、ピンとしっぽを立てた。
「ふむふむふむ。やっぱり何やら邪な呪いを感じますねぇ。よく知らずに生きていられたものですよ」
「危ない呪いなのか?」
生き死にがかかっていると聞いて反応すると、俺の肩にフォックスが飛び乗った。
「そうでございますよ。この霧は生者の気を喰らっているようです。生きて抜けるにはそれなりの守りがいりましょうや」
「守りか……心当たりがないでもないな」
テラさんか、それとも今まで手を出した他の何かか関係がありそうなものはある。
頷く俺にフォックスはややあきれ声だった。
「そうでしょうとも。あなたの身にこびりつく混沌とした気配はそん所そこらの呪いでは太刀打ちできんでしょうよ」
「……いやなこと言うなぁ」
意識してあまり気にしないことにしているというのに改めて指摘しないでもらいたい。
しかし、呪いとかあまりよく知らないのだが、少々疑問もあった。
「マリーお嬢様は、呪いにまで対処できるのか?」
必ずしもマリー達の使う魔法と同系統とは限らないと思うのだが、フォックスは自信満々だった。
「もちろん。性質はよく似ていますから、あの方ができると言えば出来ますでしょう。あの方の使う魔法はとても強くて恐ろしく、幅が広い。聞いた話によると、水の属性は半端な腕だと殺傷能力が低いそうで、どうにも低く見られがちだそうですがマリー様は他の属性に見劣りはしていませんでしょう? 他の魔法使いにくらべマリーお嬢様の手腕はとびぬけておりますよ」
フォックスのいいようには、心当たりがあった。
王都の貴族は魔法を使う、当然期待されているのは戦闘能力の比重が大きい。
水の魔法使いがどの程度の魔法が使えるのかはわからないが他に比べて殺傷能力は低そうだった。
だがそれをフォックスが言うのは意外に思えた。
「なんだ、ずいぶん持ち上げるじゃないか」
そう言った俺にフォックスは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「当然でございましょう? でなければ未だに飼われてはいませんよ」
フォックスがそう言った瞬間タイミングよく周囲の霧が一気に消え去り青空がのぞいて、俺は思わず頷いてしまった。
「なるほど……」
怪盗フォックスは、単純に捕らわれているというわけではないらしい。
主人と認めるには認められるだけの根拠があるものかと感心していたがその時、俺達の上に影が差した。
何事かと顔を上げると、今まで見たこともないような顔をしたマリーお嬢様が、フォックスに襲い掛かった。
「おーよしよしよしよし! 頑張ったぞコンちゃん! 疲れたぞコンちゃん! 可愛いなぁコンちゃん!」
そしてねっとりと濃厚に頬ずりである。
……まぁこれさえなければとは思うのですがね。
「……」
だがそれなりの苦労はあるらしい。
もみくちゃにされほっぺたの毛をけば立たせた半眼のフォックスの呟きを、俺はかすかに聞いた気がした。