マリー様の遊び
「クチュン!」
「あらら? 風邪ですか? くしゃみかわいいですね」
「やかましいわ。ちょっと鼻がむずむずしただけだろう」
俺は鼻をすすり上げつつくすくす笑うタカコと適当なやり取りをしたが、肌寒さを感じていたのは間違いなかった。
車から見える視界は白一色。
行く手を遮る濃霧は途切れる気配はなく、テラさん特製のセンサーがなければ進むこともままならない。
おそらくは広い谷の底を進んでいるはずだが、視界が一切ないというのはそれだけで不安になった。
「進めてるんだよな? 気が付いたら谷底に真っ逆さまとか笑えんぞ?」
「そうですね……こっちでも見てますけど。進めてるとは……思います?」
「自信満々に言ってほしかったな」
俺とタカコは同時にため息を吐く。
どうにも前途多難である。
そもそも整備もされていない道らしきものを進んでいるだけなのだ、まともに進んでも安全とは言い切れない。
これは迂闊に動かない方がいいか? と考えていると、俺は不意に誰もいないはずの後ろから肩を叩かれ、声をかけられた。
「めんどくさいことになってるじゃないか」
「そうでございますね」
「え?」
俺は慌てて振り返る。
するとそこには黄色い毛皮を巻いた軍服の青い髪の女騎士が、ニヤニヤして立っていた。
タカコは見知らぬ車内の侵入者に青い顔をしていたが、俺も顔の青さは似たり寄ったりだった。
「なんでマリー様がこんなところに!? まさか……俺を捕まえに?」
「いやいや、そうじゃない。なんだかおもしろいことをしているみたいだったから私も混ぜてもらおうと思ってな。いいだろう? 私も秘密を共有する仲なんだから」
貴族のマリーお嬢様は有無を言わせない強権を発動させて、俺の反論を封殺した。
この人にはばれているんだったか、どうにも協力してくれる風だし、ならば俺にごちゃごちゃいうつもりなんてない。
むしろ、妙なことを言って不評を買う方が墓穴になりかねなかった。
「むさくるしいところですがごゆっくりしていってください。マリー様」
「めちゃくちゃへりくだりましたね、ダイキチさん」
「当然だ。この人は家のお店のお得意さんだもの」
「ああ、そう言う感じですか」
タカコは納得し対応に頷く。
ただでさえ家は客の癖が強い傾向があるのだ、お客さんは大切にしたいところだった。
しかしそれはそれで問題もあった。さしあたってはにっちもさっちもいかない現状である。
「しかし……今迷子になっていまして、面白くはないかもしれませんよ?」
霧の中で迷いながら、外に出るのも危ないとなると、楽しいかどうかはわからない。
見ての通りと真っ白な外の景色を指して言うと、マリーお嬢さんはわかっていると軽く頷いた。
「ああ。それなんだが……たぶんお前達方向感覚を狂わされてるぞ」
「うーん一応地図みたいなもので確認しながら進んではいるんですけど」
レーダーみたいなことを言っても理解は難しいかもとそう言うと、マリーは首を横に振る。
「いや、こいつは結構手の込んだ、人間の感覚を狂わせるやつだ。チェックしても間違った方を選んでいるぞ」
「!」
そいつはかなり厄介だと俺は息を飲んだ。
どんなに高度な機器を使おうと、最終的なチェックはどうしても目を通す。
そこを狂わされたんじゃ、正確さなど望めない。
そしてマリーの襟巻がもそりと動き、細い目を更に細めて鼻をヒクつかせていた。
「どうにも呪の臭いがいたしますね……。あまりよろしいものではないかと」
「ああ、気持ちの悪い感じだ。こういうのは経験的によくない」
マリーとフォックスは顔をしかめて、かなり感覚的に話すが、こういう話は魔法使いにはよくあった。
そして王都の魔法使いはこういう感覚を大切にしていて、その精度も侮れない。
ならば取れる手段は多くなかった。
俺は車を完全に止めて、マリーに頭を下げた。
「すみません。ご協力お願いしていいですか?」
するとマリーは任せておけと俺の肩を叩き言った。
「その代わり、コンちゃんのおもちゃを増やしてくれると嬉しいな」
チャンスがあればねじ込もうと思っていたチャンスが早々にやって来た。
頭を上げたマリーはそんな顔をしていた。