なじみの店の攻防
水の大貴族の筆頭としておそれられるマリーには密かな趣味があった。
それはかわいいものを愛でるというモノである。
だが大量にぬいぐるみなどを手元に置いておくのは、外聞が悪いと感じていたマリーは近頃得難い友を得た。
それが狐のコンちゃんだ。
コンちゃんは姿を自由に変えられる特殊能力を持った狐だった。
しかもその狐の状態がすこぶるかわいらしいと来ている。
見た目はぬいぐるみのように愛らしく、意思疎通までできる賢さは他の動物を寄せ付けまい。
初対面が人間とかどうでもよかった。真の姿が何よりマリーには重要だった。
そんなマリーは空いた時間に馬を走らせとある店に出向くのが、最近の定番となりつつある。
馬車に揺られて、マリーは首に巻きつくコンちゃんに話しかけた。
「コンちゃんもずいぶん我が家に慣れて来たな。いいことだ。不満があれば言うといい」
「……ええ。まぁ。不満はありませんよ。欲を言えば少々運動不足なことでございましょうか」
「ほぅ。運動不足か。なるほど確かにそれは考慮しなければなぁ。あの店になにかあるかもしれない。そういえば鼠用の回し車というのを聞いたな。コンちゃん用の回し車を頼んでみるか?」
「……それは遠慮申し上げたいところですけれど」
「そうか? ならなにかモンスターの討伐任務でもあればいい運動になるんだがな」
「……随分極端な気もしますが」
向かう先は王都でも珍しいペット用品を扱うお店だった。
異世界の商品を扱うと謳う店は中々に意欲的な商品を開発し、コンちゃんの周辺グッズを充実させてくれる、すっかり贔屓に店なのだ。
すでに通いなれた店の前に到着したマリーは馬車を降り、高まったテンションを持て余しつつ扉を開ける。
すると店内の様子がいつもと少し違っていて、マリーは思わず足を止めた。
「なんだ?」
「ずいぶん騒がしいですね」
店内では見知った勇者が店員に止められていた。
勇者ツクシは何やら必死の形相で店の奥に入ろうとしていたが、勇者の体には黒い触手が巻きついていて、それをとめられているらしい。
触手の主は、褐色の肌と銀髪を持つ、この店なじみの店員だった。
「なんでだ! 一回顔を出したから、またもうちょっとダイジョブだから! だいきちのとこに行くんだ!」
【たぶんダメです】
「なんでだニーニャ!」
【足止めを頼まれていますから】
「……ばれてるじゃないか!」
マリーの来店に気が付いた様子はなく、褐色の少女と黒髪の少女の攻防は続く。
絵面としては愛らしいはずだが、黒い触手と人間離れした身体能力で動き回る勇者の攻防はプロのマリーをうならせた。
「おいおい、不用心だな。普通の客に見られていいものなのかこれは?」
「一体何なんでございましょうね?」
「さぁ? だが、面白そうな匂いがするな……。ひょっとすると回し車よりは運動不足解消になるかもしれん」
「ええ、それはようございました」
マリーの口の端はすでにたくらみがにじみ出て吊りあがっている。
すぐに割って入らなかったのは、勇者様が勝手にここに来ているのなら、そろそろ迎えが来るからだ。
予想通り、チリンとベルが鳴りマリーが振り返ると、氷のような視線を讃えた勇者の副官の顔があった。
その表情は、若干不愉快なのか鋭さがいつもよりも増していた。
「失礼します。お迎えに上がりました」
丁寧な言葉で店の中のいさかいはピタリと止まった。
ギギギと滑りの悪い首で勇者ツクシは振り返るが、視線が合う前に素早く拘束され、担がれていた。
「は、はやい! ヒルデ! 見逃してくれ!」
「だめです。勇者様にしかできない仕事が溜まっています。先日の強引な休暇の分も含めて」
「休暇なのに仕事がたまるのはおかしいだろ!」
「強引なのがまずいのですが」
横を通り過ぎる時にマリーにも一礼するあたりはさすがである。
嵐は去り、店員がこちらを認識したところで、マリーはさっそく店員のニーニャに詳しい話を聞くことにした。