パワーアップフラグ
俺はここに来て、ようやくガムガム魔人に対して危機感らしい危機感を持ち始めていた。
「……あいつ実は、すごく強いんじゃないか?」
攻撃してもバラバラになって全くダメージを受けた様子がなく、変幻自在の攻撃はツクシすら手玉に取っている。
それはまさしく強敵というにふさわしい。
「……ガムガム魔人なのに」
「え? ガムガム魔人に弱い要素なんてありますか?」
ライムが何馬鹿なこと言ってんだこの人類? みたいな雰囲気を出していたが、キシリトールも配合していないブレスケア商品では虫歯菌も殺せまい。
というかまさか勇者にほんの少しでも抵抗できるなんて普通に思うわけがない。
「もう我慢できません! ツクシ様を応援しに行きます!」
そしてライムは他のスライム達と共にツクシを応援しに行ってしまった。
さて俺はどうするか。
現在俺は、完全に飛び出すタイミングを逸した状態だった。
「……テラさん、パワードスーツの準備をしといてくれ。タイミングを計って、助太刀しよう」
『了解しました……しかしいいのですか?』
「何が?」
『いえ、大したことではありません。すでに準備は完了しています』
「そうか……」
さすがテラさん準備がいい。
テラさんは何か含むところがあるようで、俺は内心首をかしげていた。
だが今はツクシである。
新技も無力化されたツクシは防戦一方になっていた。
ボヨンボヨンとボール状になって体当たりを繰り返す。
ガムガム魔人の攻撃は当たってはいなかった。
それどころかすれ違うとたまに真っ二つにされたり、さいの目切りに切り刻まれたり散々だ。
だがそれでもねちゃっと地面に張り付いた後、すっかり元の姿に再生するその再生能力は生物の限界を超えているようにも見えた。
「くっ……」
そして他ならぬツクシの口から洩れたやりづらそうな声が、追い詰められていく現状を物語っていた。
そして決定的な瞬間が訪れる。
高速で接近した丸いガムガム魔人をツクシの剣が切裂いた瞬間、破裂してツクシが吹き飛ばされたのだ。
「ヒャッハ!」
衝撃波をまともに喰らい、すさまじい勢いで飛ばされたツクシは猫の様に空中で体勢を立て直したものの、ヘルメットには大きな亀裂が刻まれていた。
ツクシへの目に見えるダメージに俺は自分でも思った以上に動揺していた。
「……!」
ツクシが負ける? まさかそんな?
俺の中で生まれた、ありえない疑問は、こう言ってしまうとなんだが……俺がまだまだ甘い証明だった。
「ああ! あっつい!」
ツクシはいい一発を食らって早々にそう叫ぶと、亀裂を掴みヘルメットを脱ぎ捨てたのだ。
「何してんのあの子!」
思わず叫んでしまった。
そんな簡単にポイッとされるといろいろショックなのだが、オイこらツクシ。
無造作に転がったヘルメットを目にして固まっていると、ツクシはフゥと息を吐く。
ヘルメットを取ったツクシの表情はみじんもあきらめた様子がない。
それどころか、むしろ自信に満ち溢れているようにも見えた時、俺の体にはゾクリと鳥肌が立つ。
「うん! なかなかやるなガムガム魔人! その名前も一周回ってカッコイイ気がしてきたぞ!」
「そいつはどうも……しかし君も大概でたらめだ。ここまで強い奴は見たことがないよ」
お互いの健闘を称えあい始めたツクシとガムガム魔人である。
だが、敵意は全く消えていない。
それどころが言葉を交わした瞬間に、よりキリキリと空気が張り詰めた気さえした。
「だけど、僕は負けないぞ! だって僕は勇者だからな!」
「はっ! 君が何者だろうと関係がない! どっちが勝つかなんて言うのはね! 戦う前から決まっている者ものなのさ!」
二人の闘志がぶつかり合うと、周囲でスライム達が興奮してぴょんぴょこ跳ねた。
「頑張って! 神様!」
ライムも声援を送り、どういうわけかスライム達の体がぼんやりと光始めているのが俺にも見えた。
しかしガムガム魔人は気が付いているのだろうか?
煽ってはいるが自分がツクシを完全に強敵だと認識してしまっていることを。
そして俺もまた、ガムガム魔人を強力な敵であると認識を改めると、何かがスコンとはまり、俺はあることを確信して、大いに焦った。
「そうか……テラさん! いかん! 今すぐ転送してくれ!」
『マスター、心拍が急上昇しています。どうしました?』
跳ね上がった心臓の鼓動にテラさんが反応するが、ぐずぐずしている暇はない。
「アレは……パワーアップフラグだ!」
『はい?』
「このままいくと―――ツクシがパワーアップする!」
『……』
フラグというと締まらないが、要は状況が整いすぎていた。
ツクシに迫る強敵に、守るべき者。
手を出し尽くしても勝利できないが、かといって瞬殺されるほどの差はない。
そしてどんな敵だろうと、ツクシが負けるわけがない。
程よくてこずり、ツクシはかつてないほど燃え上がっていた。
そしてこういう時、偶然にせよ、狙ってにしろ、多少な不利など引っくり返すのが勇者ツクシの真骨頂なのだ。
スライム達が、そしてライムが、やる気を出しているツクシに反応して落ち着きを無くしているあたり、まぁいよいよである。
ざっくりとした、ゆっるいイベントとかと思ったらとんでもない。
俺も、ツクシがいるという安心感もあったせいで、腑抜け過ぎていたようだ。
「転送!」
『……了解』
テラさんあきれた間とかいらない!
テラさんは迅速だったが、その時はもはや手遅れだった。