ガムガム魔人とかいうやつ
ドンと空気を震わせる音はまさに爆発だった。
爆炎は見えないが衝撃で吹き飛ばされたスライム達が高々と宙を舞っているのを俺は遠目からでも確認できた。
「なんだ!」
「来ました! ガムガム魔人です! きっと祭りの陽気に誘われたんでしょう!」
「ガムガム魔人祭り好きなんだ……」
「ぬおぉ!」
そして今度はツクシが声を上げる。
どうやら担いでいたスライム達がうねってツクシを運んでいるようで、流されていくツクシの行く先に、件の魔人はいるらしい。
「俺はいくけどタカコはどうする!」
「私は隠れてます―……」
確認と同時にかなり遠くの岩陰に身を隠すタカコを発見した。
「早い……。まぁ、気を失わないだけ大きな進歩か」
身の安全を確保しているのなら言うことはない。
俺は爆発のあったと思われる場所に急ぐが、それらしき場所に到着しても敵の姿はなかった。
広い岩場に色とりどりのスライム達が、点々と、たぶん倒れている。
そして爆心地の地面はえぐれてはいるが、何かが燃えた匂いはしなかった。
先んじてここにやってきていたスライムウェーブに乗ったツクシは、ジッと空を睨んでいた。
「? 何かあるのか?」
俺もツクシの視線を追って空を見上げた。
敵と言ってもガムガム魔人である。
空は完全に盲点だったのだが、見上げた視線の先には妙なものがあった。
小さな緑色の粒が、無数に飛んでいるのが見える。
俺は、その緑色のツブツブにぼんやりと見覚えがあった。
「空を飛んでさえいなければ……タブレットタイプのガムだな」
一体いくつあるのかわからない粒は、渦を巻いて集まってゆく。
そしてそれは人型になり、ミント色の肌色をした魔人へと姿を変えた。
「イヒヒヒヒ! 面倒くさいスライムどもめ! 今日もぞろぞろ湧いて出たな!」
「ガムガム魔人……!」
ライムが俺の頭の上で押し殺したような声でそいつの名を口にしていた。
なるほどあれがガムガム魔人で間違いないらしい。
集合したガムガム魔人は、マントをつけたピエロみたいな見た目だった。
「大人しく山を明け渡せば痛い目に合わなくてすむものを! 理解に苦しむね!」
「お前みたいなやつに大切なこの土地を渡せるわけがないだろう!」
どのスライムかはわからないが、叫び声が聞こえた後、ソーダソーダと沢山の声が上がるあたり、スライム達は勇敢だった。
だが面白くないのはガムガム魔人である。
その表情が一瞬だけ恐ろしい形相でゆがむのを俺は見た。
「やかましいわ! スライムども! この山はボクの前線基地になるんだよ! ガムにも甘さは必要なのさ! 最高に甘い体に優しくない分身を大量生産してやる! ミント味だ! まずは手始めに山をすべてミントで埋め尽くしてやるよ!」
何の宣言をしているのだろう? このガムガム魔人。
だがスライム達はなぜかざわついていた。
「なんて恐ろしいことを……」
「え? そうかな?」
「知らないんですか! ハーブの繁殖力はすさまじいんですよ! 一度根差してしまえば根絶するまでに何人の同胞がミント味になるか……想像できない!」
「……」
なんだか危機感を持っているらしいが、俺はミント味は割と好きだった。
「なんて奴だ!」
「許さないぞ!」
なんて声が上がると、ガムガム魔人の雰囲気が変わった。
「ホホン? そうかい? ならますます痛い目にあってもらっちゃおうかなぁ!」
目を細め、おどけた口調のそいつの体は今度は急速に膨れ上がり始めた。
間抜けな変化だが、俺の危険センサーはなんとなく嫌な気配を感じ取る。
「何する気だ?」
「ダイキチさん! 逃げて! 爆発します」
「!」
俺は大慌てて適当な岩の後ろに転がり込んだ。
ガムガム魔人の膨張は止まらず、それはまるで風船のようだったが、俺はあえてアレに例えた。
「風船ガム……みたいだな」
「ガムガム魔人ですので!」
ライムの力強い同意にスライムにも風船ガムって通じるんだなって妙な関心の仕方をしてしまったが、次の瞬間、極限まで膨れ上がったガムガム魔人が弾け、猛烈な爆風で俺達は吹き飛ばされた。
岩陰に隠れたくらいじゃ足りない。
衝撃波を食らって転がりながら、俺はあの不自然な爆発痕の正体を目の当たりにする。
「な、なんだあれは……」
「ガムガム魔人の得意技です! 膨らんで自爆するんです!」
ライムは忌々しそうにガムガム魔人の元居た空を見ているようだが、当然ながらガムガム魔人は跡形もなかった。
「……え? 死んだ?」
「死んでません! ほら!」
そして最初に戻る。
無数のタブレットが集まって、元の姿に。
この場所で何が起こっていたのか大体理解できた俺は、その謎の生命体を見上げて唸った。