スライムが現れた。
スライム。
ゼリーやグミなどに例えられはするが、不定形のモンスターだ。
小型のものならともかく、大型のものとなると、武器での攻撃がほとんど役に立たず、人よりも大きな個体を見つけた場合、すぐに貴族クラスの魔法使いが対処に当たる非常に危険なモンスターである。
一体や二体でも場合によっては危険なのだが、今は視界を埋め尽くしているのだから正直笑えなかった。
「いいかタカコ、迂闊に触るなよ? 溶かされるぞ」
「! はい!」
思わず鮮やかな見た目で手を伸ばしかけていたタカコは素早く手を引っ込める。
だが解せないのは、なんで今の状況が出来上がってきているかだった。
「なんでこいつら襲い掛かってこないんだ?」
『不明です……しかしひょっとすると私がいることに関係があるのかもしれません』
「どういうことだ?」
『電磁波などの影響を受けている可能性があります。敏感な動物などはそういったものに反応する場合があります』
「なるほど……テラさんは電気の大精霊。野生のモンスターでも警戒するかもしれないと」
『あくまで可能性の話ですが』
テラさんはどこか得意げにそう言った。
そういえば、元居た世界にも電磁波や電気柵で獣避けをしていた商品はあったような気がする。
だからかテラさんの言葉には一定の説得力を感じた。
「フーム困ったぞ? これはもうアレをやるしかないんじゃないか? アレをやるしかないよな?」
だがそう言ったツクシはやたら楽しそうである。
俺は何とも言えずにツクシの顔を見た。
まぁ、アレとはパワードスーツの事だろう。
手に入れたばかりのおもちゃで遊びたい子供のようだが、その気持ちは痛いほどわかるので、今回は譲るとしよう。
「ああ。やってやれ!」
「おうとも! じゃあ行くぞ! 変身!」
あ! ずっこい! そのワードは避けてたのにずっこい!
決めポーズまで入れて光を放ったツクシの体は、小柄な鎧へと姿を変えていた。
その手に聖剣を抜き放ち、構えたツクシはテンション高めに言い放った。
「さぁ! この聖剣の輝きを恐れぬのならかかってこい!」
キメ台詞まで考えてた! ずっこい!
なんだか様々な感情が、ツクシが何かするたびに湧き上がってくるが、簡易版パワードスーツを身に纏ったツクシがそう言った瞬間、スライム達に異変が起きた。
一瞬、波紋のようにスライム達すべてが波打って、俺達を取り囲む輪が広がったのだ。
「な、なんだ?」
「フッフッフッ! 僕のあまりのカッコよさにモンスターもタジタジダな! ところで、だいきち? このスーツはピンクに出来ないだろうか? そっちの方がぽいと思うんだ!」
「……うーん。わかったやってみよう」
ツクシの思わぬところでの女の子アピールはともかく、本当にそんなことでスライムが引いたのだろうか?
確かに戦闘に入ったツクシを前にすると、とてつもない威圧感はあるのだが、ここまで露骨に反応するモンスターというのも珍しい。
襲い掛かってくるからこそのモンスターである。
疑問に思っていると、スライムの群れの中から一匹の赤いグミ……ではなくドッチボールくらいの赤いスライムがコロリンと転がり出て来た。
そして赤いスライムはプルプルと震えながら普通にしゃべり始めた。
「あ・お・い・いかりをお沈めください、かみさま。わたしたちは貴方に攻撃しません」
「え?」
「……今しゃべりましたか?」
今度は俺達が動揺する。
「僕が神様なのか? なんでだ?」
ツクシの物怖じせず赤いスライムに尋ねる度胸は中々である。
勘違いではなかったらしく赤いスライムはやはりプルプル震えながら、だんだんと流暢になってきた言葉を話し始めた。
「貴方から、神様の力を感じるのです! だからみんなで様子を見にきました!」
そう主張するスライムは、だから攻撃したりしないともう一度繰り返した。
どうにもこのスライムからは高度な知性が見て取れる。
ただ、俺はこっそり呟いた。
「テラさんの影響ではなかったらしいな」
『……そのようです』
認めたテラさんは、どこか恥ずかしそうな感じがした。