姉の話
正義の本質を知るには悪を知らなければならないなんてセリフを信じたわけではないが、視点を変えるのは大切なことである。
タカコ一人から事情を聴いても、物事の本質はわからない。
キョウジは盗みを働く悪党だとは聞いていたが、それはタカコから見た話しでしかない。
そう考えた俺は、キョウジとドクターダイスにもう少しだけ手を貸すことにした。
良心に痛みは感じるけれど、情報収集は大切だった。
パワードスーツを手に入れた今でも、手に入れる前の持ち味をすべて捨て去る必要はない。
というわけで、俺はここは黙って流されることにする。
キョウジは巨大ディスプレイに集められた画像からタカコの物をピックアップして、俺達に説明を始めていた。
「これがターゲットです。あなた方には彼女を捕らえて私の前に連れてきてほしい」
まぁだいたい予想通りである。
よくやるなぁと思うが、それだけキョウジにとってタカコの存在は価値があるということなのだろう。
黙って聞いていると、キョウジは情報を補足した。
「この世界に来て護衛を雇ったようなので注意を、今は見当たらないが油断ならない相手です」
ええまぁそう言っていただけると、護衛としても嬉しいですけど、貴方の目の前にいますよ?
ドクターダイスがさりげなく俺に視線を向けて来たが、俺はあくまで自然に顔をそむけた。
「あの女は私のいた世界で私の経営する会社に勤める職員の妹でした」
「へぇお前さん社長さんなんじゃな。むかつくのー」
「へーお金持ちそう」
「……そこの二人、反応するところが違いますよ。その職員は陳腐な言い方ですが正真正銘の天才でした。いくつもの画期的な技術を発明し、会社の中核に入り込みましたが、ある日突然失踪したのです。もちろん我が社の技術を盗み出してね」
キョウジもまた、実際のところはタカコというよりも、噂のお姉さんを重要視しているらしい。
そしてそれはまた豪快なことをする姉だった。
「ならなぜ姉の方ではなく妹を?」
「それは、姉の方は全く痕跡がつかめなかったんですよ。それにタカコの方がまだ付け入る隙があっただけです」
ああ確かに。タカコはセキュリティが甘いものな。
姉について何をしたとかはタカコからは詳しくは聞いていない。
だが、その辺りが一番俺に隠しておきたいところだろうとは見当がつく。
キョウジの語るタカコの姉は、まさにブラックボックスの塊だったようだった。
「彼女の残したものは多かったが、あの妹さんが姉を探しに来たことですべてのつじつまが合いました。彼女の残した技術は他の世界の物だったのです。あの姉妹は自由に世界を渡る力で、他の世界の画期的な技術を学んでいたわけだ」
おお、それは確かにすごそうだった。
俺とて別の世界に可能性を見いだした一人である。
話を聞いていると、キョウジのやり方はともかく目の色を彼の気持ちが分からなくはなかった。
「私の目的はタカコの持つペンダントを手に入れる事です。協力していただけますね?」
そう締めくくったキョウジにダイスは尋ねた。
「一つ質問じゃ。お前さん、似たようなペンダントならもう持ってるじゃろ?」
キョウジはタカコとペンダントを一つ奪っている。
今でも持っているそれを見せ、キョウジは頷いた。
「ああ。そうですね。彼女から一つはいただきました。しかしこれ一つではこの世界から脱出できなかったんですよ。この世界にやって来た時も、二つのペンダントが反応していました。正式な使い方があるのか、もしくは二つペンダントが必要なのでしょう。ですからペンダントと一緒にタカコもセットで捕まえていただけるということはありません」
「なるほどな! よし、では早速捕まえてくるとするか。まぁ手伝うって言うよりも、自分で行ってもらう感じじゃけどな」
「……え?」
「だって、制御担当お前じゃろ?」
「……」
そう言えばそうだ。
考えてみればとハッとするキョウジの顔はちょっと面白かった。
だが思えば、笑っていられたこの時はまだ幸せだったのだと俺はすぐに思い知ることになった。