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リッキーは一般人である

 ダイキチが鎧の改造に勤しみ、タカコが怒れるシャリオに詰め寄られていた頃、王都ではささやかな不満が限界を迎えていた。


 王都の中で知る人ぞ知る異世界人の店は、店主はいなくとも営業中だった。


 そして店が開いていれば当然、常連客もやって来る。


 しかし店長がいないことの弊害はあるもので、そのしわ寄せは店員に向かっていた。


「あー……うー……なぜだー! なぜだだいきち! なぜ僕を呼ばない!」


 指定席となりつつあるカウンター席で勇者ツクシはガンと荒々しくオレンジジュースのコップを叩きつけた。


 そんな様子にドワーフのリッキーはカウンターの向こうで表情をひきつらせていた。


「いやー……それはさすがに呼んだらまずいと思ってるからじゃないですかねー」


「まずくない! わからん!」


「えぇーそんなこと言われても」


 手足をバタバタ動かし不満を全身で表現している少女は、完全に子供だが、これでもこの王都一の実力を誇る正真正銘の勇者だった。


 ちなみにリッキーは何の変哲もない一般市民だった。


 ぶっちゃけこうやって普通に話しているのも場違いだと思うわけで、失礼な対応を取ることもできない。


 リッキーはなぜかそんな浮世離れした存在のグチに付き合いつつ、なだめていたが……限界だった。


 ああ、なんで自分は他人の店で喫茶店の真似事をやりながら勇者をなだめているのだろう?


 まぁ義理で手伝っているだけなのだから、来るのをやめればいいのだが、無視するというのもためらわれた。


(なんだかんだ言って、ダイキチってば、うちのお得意様なんだもんなぁ。ああ、本業は鍛冶師なのにどんどんコーヒーの淹れ方がうまくなる。早く家に帰って鋼が打ちたい……)


 だがいくら悔いたところで今はやりすごす他にない。


「だいたいなにをしているんだだいきちは! リッキーは何か知らないのか!」


 今度は名指しで尋ねられて、リッキーは唸る。


 適当に流すのは簡単だがせっかくなので、こっちもダイキチへの愚痴をこぼすことにした。


「それが聞いてくださいよ。こっちはおとなしく店の手伝いをしてるっていうのに、ダイキチのやつ女の子とあちこち旅しながら、また変なこと始めるっていうんですよ?」


「……変なこと?」


「そう。いつもの事と言えばいつもの事なんですがね? なんでも今度は悪役をやることになったからパワードスーツに使っても色落ちしない塗料を送ってくれなんて言うんですよ。ちょっと面白そうだったんで協力しちゃったんですけど」


「……なんだそれは」


 だがここまでぺらぺらとしゃべってしまって、リッキーは小さな勇者がプルプルと震えていることに気が付いた。


 よく考えたら、悪役がどうのとかはちょっと言ったらまずかっただろうか?


 そういえば今、勇者は王都の治安維持の責任者だったりするわけだし。


 リッキーはハッと自分の口を押えた。


 だが言った言葉は元に戻らない。


 手遅れかと青くなっていたのだが顔を真っ赤にして怒り顔の勇者ツクシは妙な方向に爆発した。


「なんだそれは! メチャクチャおもしろそうじゃないか!」


「……そうっすかね?」


 面白がって協力しているリッキー自身が言えたことではないが、勇者の奇抜な感想に愕然とするリッキーにかまわず、立ち上がったツクシはのしのしと歩き出す。


「もういい! だいきちが呼ばないなら僕の方から行く!」


「いや! ちょっと待って!」


「止めるなリッキー! 自分ばっかり面白そうなことをしているだいきちが悪いんだ!」


 ダイキチが出て行ってから、不機嫌なのは変わりないが今回の暴走は一味違うらしい。


 しかしただの市民のリッキーに勇者を止める方法なんてあるわけない。


 ああどうすれば勇者なんて相手を止めることができるのか?


 リッキーはちょっと泣きそうになったが、制止の言葉を考えすぎて、ある心理にたどり着いた。


「あれ? なんで僕がそんなことしなきゃいけないんだ?」


 むしろ止められなくって当然。止めたりするから、変に目立って責任とか言われるのだ。


 ここは快く送り出して、さっと終わらせてもらった方がリッキー的には正解なんじゃないだろうか?


 ツクシは楽しそうなことをして息抜きになり、リッキーは手伝いを終えてさっさと鍛冶場に戻れる。


 誰も不幸にならない素晴らしい展開だった。


「いや……どうせなら僕も遊ぶか?」


 だが、もう一つリッキーの頭にアイディアがひらめく。


 本業の話だが、この間武器に発光と音の出る機能をつけて売ろうとしたら断られて今金欠なのだった。


 リッキーの止める声が途切れたのが気になったのか、ツクシはちょっと正気に戻って振り返っている。


「どした? リッキー?」


「いえ。もう止めるのはやめようかなって」


「おお! わかってくれたかリッキー!」


 ツクシは喜んで歓声を上げているし、リッキーはもう苦労して止めるのはスッパリあきらめることにした。


 だが、それだけでは終われない。


 こっそりと声のトーンを落としてリッキーはちょっとした思い付きを囁いてみる。


「それで勇者様? せっかくだから勇者様も何かしたらいいんじゃないですか? ダイキチみたいにヒーローっぽく。ダイキチは今悪役やってるみたいなんで、よかったら何か作りますよ?」


 まぁ、ちょっとした鍛冶師のセールスである。


 そんなもの必要ないと言われるだろうなと思っていたが、ツクシはリッキーの顔を数秒ガン見して、震えながらこう言った。


「……リッキー。君は天才だな!」


「でしょー」


 リッキーは一般市民である。


 ただしドワーフの中でも変わり者で、異世界人の自称ヒーローと仲良くやっている一般市民だった。

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