悪への勧誘
「そりゃないじゃろう! いいデータが取れると思ったのに!」
ドクターダイスはそう言うが、いったい俺がここで戦って何になると言うのか?
別に誰かが捕まっているわけでもあるまいし、むしろ逃げ回る方が建設的なくらいだった。
「……そんなん知らん。俺は今、反省しているんだ。そっとしておいてくれ。だいたいそんな茶番、俺だけ殴られ損じゃないか。今は逃亡中で色々やることも多いんだ」
「なんじゃい? どこかから逃げてきたのかお前さん? ならまぁやめとくかのぅ」
「……そんなんであきらめるのか」
思ったよりもずいぶん簡単に引き下がったドクターダイスに驚いた俺だったが、ダイス的にはもちろん不満らしく頬を膨らませていた。
「やる気を出してもらわんと。亀みたいに丸くなられたら最悪じゃし。お前さんの防御力は目を見張るものがあるが、データとしてはあんまりのぅ」
「それは俺もできればやりたくないね」
「あと逃亡するのも大変じゃしな……」
「実体験が透けて見えるなぁ……」
デカい液体金属の塊がどろりと再び溶けて、元のUFOに戻ると、俺も体を起こす。
ドクターダイスにはテラさんを無許可で改造されたり、今回の一件でも文句がないわけではないが、結果的にプラスになっていることが多いのもあって俺としては敵対する理由はなかった。
UFOに乗るドクターダイスは、こちらに下りて来て、つまらなそうにため息を吐いた。
「しかしそれにしても。ヒーロー好きにしては消極的じゃなー。マッドサイエンティスト的には問答無用で襲い掛かられるくらいの方がいいデータが取れるんじゃけど?」
「……あんたはヒーローを何だと思ってんだ?」
あまりにも大雑把な言い方に俺はあきれ声を出したが、ドクターダイスはいやいやと首を振って俺の鼻先にUFOごと飛んできてズビシと指さしてきた。
「そこよ! お前こそヒーローとやらをどう思っとるんじゃ?」
そして逆に問いただされて、俺はぐっと押し黙る。
そんなことを聞かれても、どうにも答えようはない。
だが、内心動揺したのが伝わったのか、ドクターダイスの追及は止まなかった。
「ヒーローとやらはずいぶんと漠然としとるじゃろう? まぁまぁ肩書きなんて漠然としたものではあるんじゃが、重要なのはどうしたいかより、何をしておるのかという話でな。わしはお前さんのやっとることを高く評価しておるぞ?」
「……どういう意味だよ?」
言いたいことの意図がつかめずにいると、ダイスはどこか邪悪に俺を覗き込む。
「マッドサイエンティストから見てという意味じゃよ。力というただ一つの物をもとめて未知の技術を使える物に昇華させておる。実にいい感じじゃ。偶然にせよわしの技術も使いこなしておるようだしのぉ」
そんな物言いに俺は何か反論しようとしたが、セリフが思い浮かばない。
「俺が悪党寄りだって言いたいのか?」
かろうじてそんなセリフを返したが、そんなことを尋ねても意味がない事は俺にも分かっていた。
ダイスは肩をすくめて楽しげに言った。
「そうは言わんさ。だが、肩書きにこだわりがあるのなら。そのふわふわした感じがどうにかならんかと思ってな」
「ふわふわとは……言ってくれるねマッドサイエンティスト。今度は何がしたいんだ?」
露骨に何かを企んでいる態度のダイスに若干の苛立ちを感じた俺だったが、次のダイスのセリフで目が点になる。
「簡単じゃよ。わしは勧誘がしたいんじゃ。ヒーローとマッドサイエンティストは全く違うようで、共通点があるとわしは思う。じゃがきっちり差別化したいなら、悪党の側も知るべきじゃろう? どうじゃお前さん、逃亡中ならわしを手伝ってみる気はないか?」
ドクターダイスはヒョホッと妙に無邪気な子供のような表情で勧誘してくるドクターダイスに、俺は完全に面食らっていた。