旅人の別れ
「もはや……あなた方に教えることはありません!」
「そ、それはどういう……」
「免許皆伝! みんなおいしいごはんをモリモリ食べてくださいということです!」
「「「おおおーー」」」
タカコがコック帽をかぶって、緑の民たちに拝まれていた。
「……」
どうしてこうなったんだろうとは思ったが、口には出さない。
メガネを上げながらキラリと光らせているタカコはどこかやり切った表情だった。
ここ数日の間タカコの姿を見なかったが、どうやら彼女の知っている素材は他にもちゃんとあったようで、存分に料理の腕を振うことができたらしい。
タカコの異世界クッキング講座の成功は、ここ数日の料理を食べた俺には確信できたことだった。
一方、俺はアポさんと固い握手を交わす。
「じゃあアポさん。俺達はそろそろ行くよ」
「うん。またこい。ダイキチ」
人差し指の指先と手のひらという握手というには少しいびつな形ではあったが、心に通じるものはある。
アポさんの目はうるうると涙が込み上げていた。
だが湿っぽい別れというのも好みではない。
旅人は旅人らしくさっぱりと風のように去るのが理想的というモノだ。
手を振って別れた俺は、さっそくタカコに感想を聞いてみた。
「どうでしたか、緑の民との交流は? シェフ」
するとタカコはジト目で俺をみて、声を上げた。
「ああ! そういうことを言いますか! ええ、とても怒涛の日々でしたよ! 誰かさんのおかげで!」
「なんだよ。いい人たちだっただろう?」
「そうですけど……最初の方は生きた心地がしませんでしたよね。正直に言えば」
言われてみれば確かに出合い頭に気絶してから、タカコにしてみたらジェットコースターのような展開だったのかもしれない。
だが俺はため息をこぼしタカコに言った。
「そりゃあ……いきなり気絶なんかするからだろう? 勘弁してくれよ、もっと気をしっかり持ってくれないと、この先心臓がいくつあっても足りないぞ?」
特に戦闘が始まって早々無防備をさらすのは本気でやめてもらいたい。
自覚はあるのか、タカコの目は完全に泳いでいた。
「そ、それは確かに悪かったですけど……だからなんでシェフ? なんで巨人の集落でこう着地したのか私にもわかんないんですけど?」
「安心しろ。俺にもさっぱりかからない。最終的に何で食神として崇められるんだ?」
なんというか、その辺りタカコの求心力は侮れなかった。
「最終的には衣装まで用意してノリノリだったし……ハッ! ひょっとしてタカコの気絶もあれ、そういう効果なのか? 戦略的な感じの」
ありえない話ではない。何せタカコは身一つで様々な世界を渡り歩いてきた猛者だ。
ついこの間、俺は気絶の可能性を見せつけられたばかりではないか。
無防備に勝る護身はないとかそういう、俺の理解を超えた何かしらがあるのかもしれない。
そこに気が付いてからちょっと期待に満ちた眼差しを向けた俺だったが、タカコからは真顔で言われてしまった。
「そんなわけないじゃないですか」
「ですよね」
まぁそんなことが早々あってたまるかとは思うけれども。
俺は考えすぎもいけないなと頭を掻き、気を引き締めていくことにした。
「……まぁ切り替えていこう。先行しているキャンピングカーに合流するのはかなり時間がかかるぞ。しばらくはキャンプも続くだろうし、メンタル面はおいおい鍛えていけるだろうさ」
「えぇ……なんですそれ? 聞いてないんですけど」
「言ってないが、大体想像つくだろう? 期待してるぞ、シェフ? うまそうな獲物がいたらどんどん教えてくれ。俺も自分の力の無さを自覚して、もっと鍛えないと思ってるんだ」
「……まぁ気絶しなければ。あんまり自信ないですけど」
シュンとするタカコだが、ビビっている場合ではない。
突然なにが現れてもおかしくない、ここはそう言うところなのだ。
だがその分、立ちはだかる未知の世界にワクワクしている俺もいる。
俺達は今日も異世界に試されていた。