シャリオお嬢様の要求
王都の騎士で貴族のシャリオお嬢様は、ゴミ山の俺の小屋をわざわざ訪ねて来てこんな質問をした。
「貴方、王都で店を出す気はあるかしら?」
「はい?」
俺は最初意味が分からずに首を傾げた。
お店と言われても、実際俺がやっているのはガラクタを修理して並べた小屋を管理しているだけで、お店でも何でもない。
辺境のしがない炭鉱夫である。
ところがお嬢様には俺の商品が非常に魅力的に映ったらしい。
赤毛のドリルヘア―をふわりと揺らし、どこか気品あふれる動作でシャリオお嬢様はもう一度説明する。
「わたくし、この店の商品に興味がありますの。貴方は異世界の物の扱いが分かるのよね?」
「ええ、まぁ。簡単なものならですが」
「なら王都に店を出すのは悪くない話だと思うわ。店舗はわたくしが用意します」
ずいぶん太っ腹な話だった。店を用意するというのはいくらなんでも冗談の類としか思えない。
俺はコホンと一度咳払いしてシャリオお嬢様を止め、改めて尋ねた。
「本気ですか? 利益になるかなんてわかりませんよ?」
「それは二の次です。この間のヘアアイロン、なかなか良かったのよ」
シャリオお嬢様が褒めたのはまさかのヘアアイロンである。
俺の脳裏によぎったのは激しい炎を纏って獅子奮迅の活躍をする炎の化身のようなお嬢様の姿だった。
微妙な表情が出てしまったのか、シャリオお嬢様は軽く補足する。
「わたくしの魔法は少し特別なの。魔力を使わない道具はありがたいのよ」
「そういうものですか?」
「ええ。ああ、ちなみにこの話は極秘ですから。他人に話せば死刑です。心に留めておきなさい」
「……あい」
貴族さらりとおっかねぇ。
俺はどこに潜んでいるのかわからない地雷にびくつきながらも頷いた。
「まぁそれはいいの。実はわたくし、これから公の場に出るようなことも増えそうなものだから、少しは身だしなみに気を使わないといけないみたいでね」
「は、はぁ」
曖昧に頷く俺に、シャリオお嬢さんは念を押すようにググっと顔を寄せて、しかし小声で言った。
「ここまで言えばわかるわね? わたくしは貴方に美容に役立つアイテムの提供を期待しています」
「美容のアイテム……」
「そうです。アレ一つではないのでしょう?」
「えぇ。まぁ、探せばあると思いますが……」
「今後も貴方にしかわからない異世界の物が発見されるかもしれません。ならば手の届くところにいてくれたほうが都合がよいと言わけです」
「……」
えらい人達はお抱えの職人と契約したりするって話は聞いたことがあったが、この話はそういう感覚なんだろうか?
それでも使用人ではなく、王都に店を持てというのは破格の扱いすぎる。シャリオお嬢様も無茶だとはわかっているらしく、急かしはしないようだった。
「すぐに返事がなくても結構。よく考えてお決めなさいな」
「は、はい」
「では、今ある美容によい異世界の品はありますか?」
ものすごい催促だが、驚きなことに偶然一つだけ心当たりの品があって俺はそれを取り出した。
「……実はここに美顔ローラーなるものが一つ」
「電源は?」
「必要ありません。ローラーでコロコロとあごのラインをマッサージするだけ」
「本当にそれで効果があるの? 魔法の類?」
「いいえ違います。むくんだ顔を気軽にマッサージ。貴女の本来のポテンシャルを最大に高めるノンマジカル商品です。徹夜の警備や、体に負担のかかる不摂生な生活に偏りがちな方にお勧め」
「……いただきましょう」
即断即決で買ってくれる辺り、すべて嘘を言っているということではないっぽい。
というわけでシャリオお嬢様の突然の依頼は、俺の人生に大きな波紋を生んだのだった。




