敗北の味
マントを闘牛士のように掲げたまま、俺は喉をからからにして久しぶりの死線に恐怖していた。
マントの守りで向こうの攻撃を完全に無効化出来ると言っても、相手もそれは同じことだ。
防御面で余裕ができても回数制限がある以上、俺の方が分が悪い。
「うおおお!」
だがそれでも引けない俺は、少しでも注意をそらし時間を稼ぐことしかできなかった。
アポさん、早いとこ目を覚ましてくれ。
そう願いながらマフラーを操り、捕らえようとしてみたが、飛んで行くマフラーは鎧の体を通過する。
俺が舌打ちすると、鎧の兜から立ち上っていた煙がゆらりと揺れる。
完全な被害妄想だが、俺にはそれが無駄だと笑っているようにみえた。
「ああ、くそ……」
俺は気が付けばまた鎧に向けて飛び出していた。
だが自棄になったわけじゃない、ただ単にもう一つ試していない性質の攻撃を思い出しただけだ。
俺は周囲から力を集め、拳に集約させた力を鎧に向けて放つと、そのとたん本当なら見えないはずの力が鎧に向かうのをこの目で見た。
正直これは望み薄だと思っていたのだが……。
ガン! と今までになかった音がする。
金属のような音を立ててのけぞったのはもちろん鎧の騎士だった。
乗っていた馬から転げ落ち、馬はヒヒンと嘶き前足を上げる。
「……お、おお!」
俺は思った以上に効果のあった攻撃に歓声を上げていた。
その力はかつて教えを受けた仙人より授けられた秘儀。
その名も仙術である。
長いこと地道にコツコツ練習していて本当によかった!
内心本当に意味あるんだろうかとか心配していた俺が馬鹿だった。
今までにない手ごたえに俺は単純に喜んでいたのだが、それは……とんでもなく甘い認識だった。
攻撃手段がなかったからこそ、敵は余裕を持って攻撃していたのだと気が付いたのが、相手の攻撃パターンが変わってからなのは本当に救いようがない。
「……ガ・ガガガ」
鎧が馬にまたがり直すと、声のようなものが漏れ、手に持ったランスが形状を変化させてゆく。
バキバキと結晶化する水晶のように歪に姿を変えたランスを見た俺は、それがまずいものだと感じた瞬間、駆け出していた。
「やらせるかよ!」
アレは撃たせてはいけない。
歪なランスが動き出す前に、雷と化した俺は鎧の目の前にいた。
思い付きで腕に仙術の力を集め、鎧の首を思い切り掴む。
そうして狙いを定めて、俺はマントから取り出したランスを鎧に向けて射出する。
「くらえ! お前の武器なら当たるだろう!」
そりゃあアイテム袋なんだから、しまえば出すこともできる。
今まで防御して中に保存された飛んできたランスを、俺は鎧にぶつけたのだ。
正真正銘これは奥の手だった。
まだまだ未熟な仙術に頼り切るつもりなんて俺にはなかった。
これが効かなかったら、ダメ元でアポさんを抱えて逃げるしかないと思っていたが、勢いよくマントから飛び出したランスの切っ先は、鎧の兜と馬の胴体を深々と貫く。
予想した通りの効果に安堵した俺だったが―――鎧はまだ動いていた。
「……!」
俺があせっても、首無し鎧の動きは止まらない。
頭部を失ったまま、ランスは突き出されると樹木の様に枝分かれして俺達に襲い掛かった。
「……!!」
俺はマントでガードするが奪い取れはせず、体ごと弾き飛ばされた。
衝撃に振り回されて視界がめちゃくちゃに回転し、飛んで行った俺の体は、三本の樹木をへし折ってようやく止まった。
俺は体勢を立て直すが、顔色が青ざめてゆくのが分かった。
俺はこの一瞬のうちに致命的に失敗していた。
「アポさん!」
俺は友達になった巨人の名前を叫ぶが、その体には無数の切っ先が突き刺さっていた。