アイテム袋の工房
黄金肉オオトカゲがすっかり骨だけになり、おなかが満たされた頃、バーベキューを食べに来ていた緑の民たちとぽつぽつと会話を交わすようになっていた。
最初に出会った、緑の巨人はアポという名前らしい。
彼らの祖先は何百年も前にここにやってきて、細々とここで暮らしてきたのだという。
「すごいなダイキチ。あのトカゲがあんなふうになるなんて知らなかった」
しきりに感心された脇でタカコがクリっとした目でこちらを見つめ、手柄を主張していた。
「……俺も教えてもらったんですよ。そこにいるタカコは珍しい食事に詳しいんです」
手柄を横取りする気もないので、俺もタカコを持ち上げると緑の巨人たちの尊敬のまなざしは一気にタカコに移った。
「そうです……何を隠そう、私が黄金肉オオトカゲの真の調理法の伝道師なのです。……いえ皆さん? なぜ私を取り囲んでいるんですか?」
最初は嬉しそうだったタカコだが、さすがに複数の巨人に囲まれると恐怖を感じたらしい。
後ずさるタカコだったが退路は断たれ。
澄んだ瞳の緑の巨人たちにタカコはひょいっと持ち上げられた。
「ちょ! 何するんですか!」
「こっちに食糧庫ある!」
「作り方教えてほしい!」
「もう一回トカゲ食べたい!」
ああ、あの黄金肉の魔性の魅力は緑の巨人達にも有効だったようだ。
「ちょっと! 待って! 待ってください! 料理したのはあの人ですよ!」
「ハハハ、バーベキューは料理に入らないってシェフ言ってたじゃないですか。俺の料理なんて男料理の大雑把なものですよ」
「そんなこと私、言ってましたっけ!」
まぁ言ってないけどね。でも俺そんな見たこともない素材とかよくわからないし。
なすすべなく物理的に持ち上げられ食糧庫に連れていかれるタカコを、俺は手を振って見送るのだった。
「じゃあ行こうか。いやたのしみだなー森の民の集落」
快くタカコを送り出し、俺は切り替えて案内を頼むとアポの後を追った。
この集落は、それほど広いわけではなかったが、一見原始的なようで高度な文明社会の香りを感じることができた。
木の家の中は、きちんと整えられていて、中に入れば普通の家と言ってしまっていいほどで、快適に生活できるだけの環境は整備されていた。
緑の民という肌が緑色をした巨人達は役割分担をして、衣服を作ったり採集をしたりして穏やかに暮らしているらしい。
しかし王都の結界を抜ければ、もっと荒れているとばかり思っていたが、この平和さには秘密があるのだろう。
案内されたアイテム袋の工房を見れば、その疑惑はより深まった。
「ここでアイテム袋を作ってるのか」
「そうだ。アラさん達がアイテム袋を作るのが得意だ」
アポさんが案内してくれた大きな木の中にある工房では、あまり見分けは点かない者の女性と思われる緑の巨人が巨大な機織り機で布を織っていた。
その手際は繊細で、その傍らでは綺麗に出来上がった布を小さく裁断し、中に何やら複雑な模様を書き入れているところだった。
「使っている濃い緑色の染料は特殊なものなのか?」
「ああ。術を通しやすい薬草を乾燥させて粉にして混ぜてる」
「そう言うのあるのか……ああ、でも前に自分たちの血を混ぜて特殊なインクを作ってる人はいたな」
「血は……痛そうだ」
「確かに」
一番気になるのはこの見たこともない技術である。
殆どリスクなく扱えるかなり強力な力のようだが、書き込まれている模様は複雑すぎてまるで何かの回路の様だ。
一朝一夕で真似出来るようなものではないことは間違いないようである。
「いや……これはすごいですね。これはどんな布もアイテム袋に出来るんですか?」
模様を書き込んでる緑の巨人に尋ねてみると顔を赤らめ、蒸虫の鳴くような声でぼそぼそと返事が返ってきた。
俺は聞き取れなかったが、それを察したアポさんが変わって説明してくれる。
「布は何でもいい。でも模様を書き入れなければならないからこれ以上小さい布では無理だ」
「へぇ。じゃあ大きい布なら?」
「それならできる。だが、かさばるし、入る容量は百個が最高で変わらない」
「ああなるほど……どんなものでも入るのか?」
「入る。火のついたたいまつでも入る。大きなものでも一個なら大丈夫。でも生きているとダメだ。そうしないと物が取り出せない。しまわれるから」
「ははっ。確かに」
しかしアイテム袋は思っていたよりずっと万能だった。
そうか、布ならなんでもよくて、大きく出来るのか。
最初はただアイテム袋が一つ欲しいと思っていた俺だが、一ついい感じの閃きが俺の頭を駆け巡る。
ちょっと自分の閃きに熱くなりかけたが、そこは我慢。
また気絶させてしまったら最悪である。
出来る限り平静を保ち、俺は思い付きを口にした。
「じゃあ……俺が布を用意したら、その布でアイテム袋を作ってもらえますか?」
そう尋ねると、その場にいた緑の巨人達は、大丈夫だと頷いた。
「ほんとですか!」
ただちょっと最後に喜んで声が弾んでしまったのまずかった。
ドサリと気絶した、模様を描いていた緑の巨人に俺は額がすりむけるほど謝った。