黄金肉トカゲの試食会
「ふっふっふ……では助けてもらったお礼に私が手製の料理をふるまいましょう!」
タカコは包丁片手にそう宣言し、俺は手を叩く。
無事グランピーク領からの逃亡に成功し、俺達はテラさんの操る車と合流した。
ダメージの大きかったトシは王都に帰還し、俺達は王都の結界から出たはよかったものの、さっそくその洗礼を受けていた。
「ふぅ……でかい蜥蜴だ。いきなり襲われるとはな」
いきなりの戦闘だったが、体長20メートルくらいのオオトカゲを狩れたのは幸先がよかった。
だが仕留めたトカゲを見たタカコが自分はこのトカゲを知っていると言い出したのである。
「このトカゲは……黄金肉オオトカゲ!」
「知っているのかタカコ?」
「ええ、二つほど前の世界で見たことがあります! そのお肉は極上のうまみを数百年かけて体にため込み、肉が黄金色に輝くんだとか!」
「ほ、本当か! それは中々興味があるなぁ」
黄金色の肉と言われても正直そんなもの食えるのかな? と思わなくもなかったがタカコは食べる気満々だった。
「ええ……私もとても興味があります。以前は高級すぎて食べられませんでしたから。数々の異世界グルメを極めた私としたことが、不覚です」
「……何してんのさ異世界で?」
「もちろんお姉ちゃん探しですとも! ついでに食べ歩きくらいしますって。人間食べなきゃ力が出ないでしょう?」
「う、うん。そうだね」
力強く言い放つタカコに気圧されて、何も言うことができなかったが、基本的に同感ではあった。
「まさかこちらの世界で遭遇するとは幸運でした! これは食べてみるしかありませんね……」
さあやってみようと腕まくりするタカコを見て、俺ははっと目を見開いた。
「まさか……捌けるのか?」
「もちろんです……ちょっと特殊な処置をしないと黄金にならないんだとか」
「……頼めるのか?」
「無論、造作もありません」
元気に宣言したタカコは自信に満ち溢れていた。
という流れで急遽行われることになった、黄金肉オオトカゲの料理大会である。
俺はエプロンをつけたタカコの指示に従い、慎重にオオトカゲを解体した。
控えめに言ってもぐちょぐちょになったので割愛するが中々壮絶な解体だった。
そしてタカコの目の前には、何の変哲もない大きな肉の塊がまな板の上に置かれていた。
俺は完全にお肉となったそれを見て感想を漏らした。
「特に今は黄金というわけじゃないんだな」
さすがに比喩だったのかもしれない。
普通においしそうな肉ではあるが、俺には他とそう差があるとも思えない。
ところがタカコは不敵に笑い、突然猛烈にパンチを繰り出して肉を乱打し始めたのだ。
「ほあたたたたた!」
「……何をやっているんだ? 正気か?」
「正気です! 肉を叩いています! この細胞に刺激を与える工程が何より大事なのです!」
「な、なるほど……」
確かに特殊である。期待しないで待つとしよう。
タカコが念入りにパンチを叩き込むこと数分。心なしか、肉が銅のような色に変色してきて、俺は大丈夫か?と心配になった。
「……腐ったのか?」
「違いますよ! ここから、火を通します!」
タカコは、銅色になった肉の塊を、念入りに温度管理したお湯に持ってゆくと、ドボンと鍋に放り込む。
「温度はだいたい60度、ここポイントです」
「結構低めなんだな」
火を通せばとりあえず食べられるんじゃない? くらいの期待で鍋を眺めていた俺だったが、そこで再び肉の塊に変化が起こった。
鍋の中の肉は、銅から銀色に変化していたのだ。
「お、おお!」
「来た! 来ましたよ! 上げます!」
ドバっとお湯から上げた肉の塊は、ギラギラくどくなるほどの銀色だった。
確かに面白いが……残念ながらこれは見た目に食欲は感じない。
「……ギラギラしてるな」
「この段階では毒です」
「毒なのかよ」
「そして、これをアツアツのフライパンに落とす!」
時間が惜しいとタカコは手際よく動き、肉の塊からステーキ一枚分の肉の塊を切り出して、そっとフライパンに投入。
多めの油の上を滑る銀色の肉は、しばし油を飛ばしながらフライパンの上で跳ねていた。
「……だが銀色だぞ? これは……」
俺は毒って言うし、さすがに遠慮しようかと考え始めていたのだが、更にここで、タカコはさらさらと粉のようなものを肉に振りかける。
すると匂いが変わったのが俺にも分かった。
そして肉が光を放ち始めた光に目をくらませていた。
「こ、これは!……まるで黄金!」
いや、むしろ黄金よりもさらに神々しい光である。
「一体何を!」
狼狽える俺にタカコは今まで見たこともないような凛々しい顔で、持っている粉を俺に見せた。
「これは何の変哲もない塩です。しかし黄金オオトカゲの肉は最適な瞬間に塩を振りかけることで真価を発揮するのです」
「なんと……」
フライパンからドンと皿に盛られた黄金に光り輝くステーキが俺の前にやって来る。
本格的に香る重厚な肉の香利を前にして俺はあふれるつばを飲み込んだ。
「おあがりください。これが黄金オオトカゲのステーキです」
「オオオオ」
鼻孔をくすぐる匂いは、あまりにも香ばしい。
自然と体が震えていた。
タカコに食べていいの? と視線を送ると、タカコは女神のような慈愛に満ち溢れた表情で静かに頷く。
俺はナイフとフォークを持ち、恐る恐る肉に手を伸ばしたはずなのだが―――。
次の瞬間、記憶が途絶え、肉は完全に消えていたのだ。
「ハッ! 肉が消えたぞ!」
そんなバカな! 記憶がないってどういうことだ!
何が起こったのかとタカコを探すと、エプロンを脱いでいたタカコは、ふふっと笑い語った。
「いえ……ダイキチさんは確かにステーキを食べていましたよ。黄金に輝くステーキはそのあまりのうまさによって、記憶が飛ぶのだと聞いたことがあります」
「……そんなことが」
恐るべし黄金肉オオトカゲ……確かに記憶はなかった。
しかし口と、体の中に幸福感だけがある。
俺は、ふっと笑い手を合わせた。
「……ごちそうさまでした」
「はい! おそまつです!」
ガシッと握手を交わすタカコと俺。
それは、幸せな時間を共有した証だった。
まぁ全然覚えてないけど。
しかし最高の残り香は、思わぬ客を呼び込むことになる。
バキバキと木々が折れる音が響き、ぬっと森の中から出て来たもの俺は目が合う。
「うまそうなー……においがするぞー」
「ぎゃあ!」
タカコは緑の巨人と目があうと、悲鳴を上げて気絶した。