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異世界人は静かに狂う

「よかった逃げ出せて……」


 俺は完全に騎士達の追撃を振り切り、ようやく息を吐いていた。


 すでに国を覆う壁を飛び越え、逃亡には成功と言っていいだろう。


 まぁ謎のフィールドを抜けるのもなかなか骨だったし、鬼のように攻撃魔法は飛んできたが逃げに徹したパワードスーツにそうやすやすと追いつけるものではない。


 だが飛んできた魔法に効果がまるでなかったというわけではなかった。


 主に担がれていた方にしてみれば、飛んでくる魔法は心臓に悪かったに違いなかった。


「いやー……ごめんごめん。色々と今回は迂闊だったわ」


 マフラーでぐるぐる巻きの上、担がれたまま殺人的な速度で振り回されたタカコは俺がそう話しかけるとスクっと立ち上がって、木陰に走って行った。


 うろろろろ……


 なんて音は全く聞こえなかった。彼女の名誉のためにそういうことにしておこう。


 ふらつきながら戻ってきたタカコは恨みがましい目でパワードスーツにゾンビの様に縋り付く。


「うっ……うううう。助けてくれたことには感謝しますが、死ぬかと思いましたよ、もう本当に……」


「まさかこんな大騒ぎになるとは思ってなくて。今回は全面的に俺が悪かった」


「やけにいさぎいいのが気になるんですけど……」


「そんなことはない。まぁ色々あるんだよ、色々と」


 トシを呼んだから目をつけられたという話は、この際心の中にそっとしまっておくことにした。


 しかし今回の騒ぎ、俺的に実りがなかったかと言うと、そんなことはなかった。


「あの強制バトルフィールドよかったなぁ。手に入れたかったけどもったいなかった。タカコはあれ再現できたりしないのか?」


 人払いを簡単にできるなら、戦いの幅は広がるだろう。うちの店にはなぜか広範囲攻撃を得意とする店員は多い。


 あの手の技術に長けていそうなタカコに話を振ってみると、引かれてしまったようだった。


「うわぁ。あの非常時にそんなこと考えてたんですか?」


「そりゃそうだ。どこに強くなるヒントが隠されているかわからない。今回はトシも技とか身につけたみたいだし、まるで無駄なトラブルってわけじゃなかった」


「……そんなに強さって大事なものですか?」


 タカコは納得できなさそうに呟く。


 そしてちらりと、トシを見ていた。


 彼女の表情には恐怖のようなものが見て取れて、俺を盾にして身を隠す。


「それでトシ君なんですけど……なんなんですか?」


「どっかの世界から流れて来た異世界人だよ。俺達とおんなじ」


「な、なるほど……でも、めちゃくちゃ過ぎませんか?」


 俺としてはカテゴリーは自分達と同じなのだが、タカコにしてみたらそうでもないようだった。


「いや、ちょうどいいんじゃないか? トシはこの世界向きだよ」


 俺があっさり答えると、タカコからはぎょっとされてしまった。


「えええええ。どんだけ危険なんですかこの世界」


「さっき体験したばっかりだろうに。一個人が山を落とせるかもしれない世界だよ」


「おぅ……確かに」


 頭を抱えるタカコは、あの絶望的な光景を思い出して身震いしていた。


 山を落とした方が化け物なのか、止めた方が化け物なのか。俺のレベルからしてもどっちもどっちである。


 まぁ確かに基準と言ってしまうのは語弊があるだろうが、少なくとも俺達はあのレベルを敵に回す可能性は常にあると思っておいた方がいい。


 なぜなのかとあえて言えば、異世界人も同様に非常識な奴が多いからだ。


「はぁ、やっぱり強くないとだめなんですかね?」


 ため息交じりにそう言ったタカコだが、別にそう言うわけではなかった。


「そんなことはないよ。王都だとまぁちゃんと文明はあるし、生活もできるさ。ただ魔法がベースになった文明だから、使えないと肩身が狭い」


「あー確かに、そう言うとこありますよね」


 異世界を渡って来た経験からか、タカコはしみじみと頷いた。


「だからそれに代わる何かが欲しくなるわけだ。技術なり強さなり。俺の場合はもう、とにかく身の安全がまず必要でね。生き残れるように強さには特別思い入れがある」


「あぁそうですね。モンスターもいますし。私も最近は身の安全が欲しいですよ」


「だろう? だから俺は強くなることにしたわけだ。でもそのためには俺にも使いこなせる力がいる、転移が少ない王都から出ることにしたのはそのためだ」


 俺は当然のようにそう説明したが、今度はタカコは首をかしげていて、理解できない顔をしていた。


「でもここでも転移が全然ないわけではないんですよね? 王都って場所にいる方がむしろ都合がいいんじゃないですか? 」


 最低限の安全は確保できるわけですよね? っと不思議そうに尋ねるタカコの言葉に俺は頷く。


 だが認めつつも、外に行くことに俺はやはり利点を見出していた。


 とても人に胸を張れるものではないがと注釈はつくが。


「まぁ色々とあるんだよ。慣れてくればわかるさ」


「そんなもんですかね? ……ウッ! ……またコミアゲテクルモノガ……」


「我慢しなさい! 向こうでやってくれ! 俺の大事なマフラーを掴むんじゃない!」


 タカコは大惨事に突入中である。


 今一この世界に慣れていないタカコだが、近いうちに彼女もまたなれるだろうと俺は思った。


 ここ最近の頻繁な転移現象は、俺達が無理やり呼ばれたことの弊害に過ぎない。


 だが、異世界の人間は時間をかけた方がはるかにいい味を出すと俺は知っている。


 なぜならここに来た異世界人は力を求めると確信があるからだ。


 元の世界の常識がゴミほどの価値もなくなり、なりふり構わない異世界人は静かに狂う。


 俺もたぶんそうだろう。


 ここからは、たぶん俺のすべてが試される。


 運も、力も、知識も、縁も。


 上手くいったとしても強くなれるとは限らないが、得られるものは必ずあるはず。


 心配させてしまうかもしれないけれど、もう後には引けないだろう。


 俺は今日も異世界に試されていた。


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