前の世界のしがらみ
「馬鹿な……ありえない」
「……あれが同じ技か? 冗談じみてるな」
敵意が薄れたからか、ばらばらと崩れる岩の破片は塵となって消えていた。
ヤルダの体も縮みだし、元の人間の体に戻ったところを見ると落ち着いたか、もしくは時間切れのようだ。
「土魔法も永続的ってわけでもないのか。いや、土を操ればまた違うかな。なんにしても覚えておこう」
俺は妙なことに感心しながら走りだす。
目標は一撃を放ったままの体勢で固まっているトシだった。
一気に駆け抜け、その前までやってくるとトシに話しかける。
「トシ! ご苦労さん! 後は任せろ!」
トシはゆっくりと視線を俺の方にむけて頷くと、シュルシュルと元の子供の姿に戻ってゆく。
すかさず回収し二人を担いで撤収のつもりだったが、すかさず道をふさいだのはもちろんヤルダである。
「待ちな……逃がすと思っているのか?」
「逃がしてほしいとは思ってるね。勝負はあんたがたの勝ちだよ。トシはこの通りもう動けない」
ダランとしたトシをゆすって見せるがトシからの反応はない。
しかしヤルダからの返答も芳しくはなかった。
「は? 馬鹿言うなよ。あれが勝ちだと? 到底納得できないね」
まだやる気らしいヤルダに俺はため息を吐く。
どうにもこの男はトシに対して特別に執着があるようだが、ここに来て前の世界での執着はいただけない。
「トシはあんたの世界で特別だったか?」
そう言うと、ヤルダは一瞬驚きの表情を浮かべ、頷いた。
「ああ、そうだとも。そいつはアスラ族の終着点。俺はそう思っている」
終着点とはまたすさまじい評価だった。
だがそれもまた元の世界での評価で、渡って来たここでの評価ではない。
「でも、ここではもうトシも特別じゃない。化け物なんてここではいくらでもいるよ」
「俺はそうは思わんが?」
「……どっちにしてもトシはもう戦えない。他を当たるか、次回があるなら楽しみにしておくんだね」
「へぇ。次があるのかい?」
ヤルダは意外そうだが、おそらくトシはヤルダを気にしていた。
「約束はできないけど。断りはしないさ。トシはあんたに付き合いすぎたんだ。だからこうしてへばってる。案外トシも普通だろう?」
実際トシの戦い方は本来の物とは大きく違っていた。
それはきっと、元の世界に少なからず興味があったから。そしてヤルダにトシもまた執着があったからだろう。
じっと見て、その技も真似たのも似たような理由だろうと思う。
それを聞いたヤルダは戸惑い、頭を掻き、なんだか情けない顔をして、結局認めて頷いた。
「……あぁ。そうかもな」
どさりと、返事をしたとたんヤルダは尻もちをつく。
そんなヤルダに、俺は伝言を頼んでおいた。
「あの女貴族さんにも言っといてくれ。王族の結界は必要だって。じゃないと次々他の世界からやばい奴がやって来る。それに今から忙しくなるってさ。結界が今後ますます不安定だから」
「……はは。そいつはぞっとするな。しかしお前はその結界を抜け出したいんだろ? 死にたいのか?」
ヤルダは笑い俺にそう尋ねる。
俺は少し考えて首を横に振り、にやりと笑う。
「いいや。もっとヤバいものに会いに行くのさ、そうすればもっと強くなれるかもしれないだろ?」
そしてそう答えると、ヤルダの目は点になり、腹の底から笑いだした。