案外化け物はごろごろいる
広々としたバトルフィールドに戦闘態勢の化け物が二人。
俺はハラハラするのもそうだが、客観的に見るトシの戦いを慎重に観察していた。
最近のトシは暴走状態を制御するコツをつかみつつあるようだが、万全とはいいがたい。
「……顔を見ても……正気かどうかはわからんな」
文句の一つも呟きたくはなるが、その答えはきっとすぐに出る。
グルグルと喉の奥で唸るトシにヤルダは猿のような身軽さで飛び上がり首にまっすぐ突きを放ったからだ。
あれなら今のトシにも十分脅威だろう。
暴走状態なら構わず突っ込んでいきそうだが、トシはその拳をかわして見せた。
「!」
垂直に飛び上がったトシはヤルダの真上を取る
「速いなおい!」
身を捻り繰り出されたトシの両足のスタンピングをかわしたヤルダは大したものだが、垂直に落下しながら打ち出されたトシの両足は簡単に大地を砕く。
それは文字通りの意味で砕いていた。
平たかった地面が拳を中心にひび割れ、衝撃に負けた岩盤が何度も隆起して捲れ返る。
波紋状に広がる衝撃の波に、俺達は残らず翻弄された。
「うおお!」
俺も立っていられず飛んで逃げたが、衝撃の余波はすさまじい。
ヤルダは距離を取ったようで、接近戦をする気は失せたようである。
そのまま一定の距離を保ち、腰まで地面に埋まったトシに向かってヤルダは口を開く。
彼の角が輝きだし、大気の震えを感じた俺はヤルダが何をしようとしているのか理解した。
それは前に見たことがある。
「アスラ流……最終奥義。無限光!」
ヤルダは叫び、全エネルギーを込めた塊がレーザーのように放たれた。
まるでそれは砲台だった。
生命エネルギーが一点に圧縮された光はトシにまっすぐ伸びて、肩口に命中する。
砲撃はさく裂し火柱を上げたがトシは炎を片手で吹き払い、肩口にわずかばかりのやけどを負って埋まっていた穴から飛び出していた。
ダメージを気にした様子もなければ、動きが鈍くなるようなこともない。
ヤルダとの圧倒的な差がそこにはあった。
「……」
そして俺はあのトシはまだ理性を失ってはいないと、確信していた。
思わず生唾を飲み込み、見入ってしまう。
ここから先のトシを俺は一つも予想できなかったからだ。
「……これは思った以上ね。ヤルダが化け物と呼ぶわけだ。ぜひとも屈服させて、私の軍門に下ってもらいましょう」
だが相手もこのままされるがままにやられるつもりもないらしい。
俺達にはヤルダの他にも敵がいた。
『警告。巨大な質量が出現しました。魔法によるものだと思われます』
「ん?」
俺は突然暗くなった空を見上げて、目をむいた。
岩がすさまじい勢いで大きくなり、最終的に岩山ともいうべき大きさに成長した天井が現れたからだ。
俺は周囲に視線を走らせて両手を高く掲げる貴族の女の姿を見た。
「これだから魔法ってやつは……手加減を知らないんだよな」
「アバババババババ」
タカコは震えすぎてよくわからないとになっていた。
さすがにこれはどうにかしないとまずいが、俺にはどうしようもなかった。
「場所を作る道具を切り札っていう理由がわかる……間に合うか?」
空の山はもう目の前まで迫っている。
魔法はこういうことをしれっとやってくるから本当に怖い。
そういう意味で俺は彼らに対して完全な対抗手段を得たとはとても言えなかった。
だが、それでも魔法にだって対抗できる奴らはいるわけだ。
「グオオオオオ!」
空を見上げて吼えるトシもまた、そのうちの一人だろう。
トシは降ってくる山を一歩も引かずに両手で受け止めていた。
巨大な山だがトシは支え、止める。
更には角が輝き始め、バチバチと溢れた生命力が暴れまわり、口を大きく開くと、光がチカッと輝いた。
解き放たれた瞬間、光は山に罅を走らせ、完全に崩壊させたのだ。
「な、何が起こってるんですか?」
タカコが呆けてしまうのも無理はない。
俺は大慌てて降ってくる瓦礫を迎撃しながら、その圧倒的な力に戦慄する。
攻撃を仕掛けた当人たちは唖然として呟いていた。
「……化け物め」
そんな呟きが俺の耳には妙にはっきりと聞こえた。