ちょっとした勘違い
丈夫そうな鉄格子もパワードスーツの前では、飴も同然である。
まさに牢屋という場所にいた人物は二人だ。
まず目的のメガネ娘のタカコは椅子に雑に縛られていた。
そしてタカコを取り調べていたらしいもう片方は、二十台後半か三十代くらいの茶色い髪の女だった。
女は刺繍が沢山あしらわれた黄土色っぽいズボンの衣装を着ている。
おそらく経験から察するに彼女は高位の貴族だろう。女性でかつ正装でありながら動きやすい服装をしている時点で戦闘が得意だと言っているようなものだ。
俺はやばいかもしれないと身構えていたが、俺の姿を見た瞬間タカコは大喜びで椅子ごと跳ね始めた。
「助けに来てくれたんですね! 感激です! 早く救出希望ですとも!」
「元気そうで何よりだね……」
「止まりなさい……貴方が誰だか知らないけど、このタイミングでここに来たということは、角の生えた子供の関係者でしょう。やはり王都はこちらの動きに感づいていたということなんでしょうね。でなければこんな戦力を送り込んでは来ないでしょうから」
「?」
いきなり得意げにそう口走る女に俺は首を傾げた。
どうにも深読みしている女は自らの憶測を語りだす。
「腐っても王族というかとなのかしら? 我々に目を光らせていたようね。まぁ予想していたわ。むしろ察知してくれていなければ張り合いがないというものよ」
「……あの」
「なに?」
「いったい何の話をしているんでしょうか?」
なんだか思っていたよりもきな臭いことを言われても本気で困るのだが、女は何をいまさら言っているんだとばかりにぶっちゃけた。
「革命の話よ。もうとぼける必要はないでしょう? こっちも戦力は十分に整ったわ。切り札もね。結界程度で特権をむさぼる堕落した王家は滅ぼさねばならないの」
「……そんなことは知りませんでした。見なかったことにするので帰っていいですか?」
「……」
ズビシッと俺を指さした女に、即座に俺は訴えた。
完全に逃げに徹しているこの時期にそんな爆弾発言やめてほしい。このまま外に出る予定なのに。
だが俺を指さしたまま固まっていた女はふぅとなやましく息を吐いて頭を振る。
「えっと……」
もう少し説明しようと思った俺だったが、今度は女はあまりにも堂々と言い放った。
「計画を知られてしまったからには……生きて返すわけにはいかないわね!」
「いや! 勘違いだったからってやり直さないでくれ!」
「勘違いではありません! 探りを入れただけです! そもそも騎士達と張り合えるような旅人をこの状況で逃がせるわけがないでしょう!」
「そ、そうなんですか?」
「そうなの! 話を聞いても取り乱さないその冷静さは評価に値するわ。貴方、私の部下になる気はないかしら? 王都の連中についたところで得はないわ。貴族が主導権を握り、強い王都を復活させなければ、この世界で未来はない!」
「いや、興味がないんで」
俺はやはり即答する。
王族に思うところがないわけではないが、今はやらかしも多いのでご勘弁願いたい。
しかし、即答はさすがにまずかったか。
ゆらりと女は体を揺らし、完全に俺を敵と認識して睨みつけて来た。
「そう、ならもういいわ。……地下で私に出くわしたのは不幸だったわね。この大地を司る私の力で捻り潰してあげましょう!」
「……!」
女が叫んだ瞬間、地下室の壁が粘土のようにぐにゃりと歪んだ。
あ、これはやばい。
大規模に魔法が行使される瞬間は、何でも目にしたことがある。
俺はともかく生身のタカコは間違いなく絶体絶命だろう。
「え! なんですか!」
俺はマフラーを伸ばしてタカコを椅子ごと巻き取る。
タカコはコマのように回って悲鳴を上げるが、かまっている余裕はなかった。
気が付けば周囲の壁が全方位から迫ってきている光景は、恐ろしい絶望感があった。