その頃
ハンソンは城の中を一人急ぐ。
廊下を速足で進み、開いた扉の先にいたのは。この城の支配者である。
「領主様……ご報告がございます」
ハンソンは頭を下げる。
領主は見ていた書類から顔を上げハンソンの顔を見て、機嫌よさそうに微笑んでいた。
ブラウンの髪の奥から琥珀色の力強い瞳でハンソンを見ている女性こそ、若くしてグランピーク領を治める大貴族、タイタニア・グランピークその人だった。
「ご苦労だったなハンソン? 何か厄介なモンスターでも現れたか?」
「ある意味ではそうとも言えます。……角のある子供を見ました」
だがハンソンは、そう報告すると、明らかに領主の顔色は変わった。
「! ……それは本当か?」
見間違えであればどれほどよかったかとハンソンは唇を引き結び、首を縦に振る。
「はい。旅人と共にいましたが、おそらくは奴と同じ種族です」
旅人と共にいた角の生えた子供。
表面上何でもない風を装ったが、それを見つけた瞬間、ハンソンは心臓が凍り付いたようだった。
なぜならば、過去角の生えた化け物とハンソン達は戦ったことがあったからだ。
一歩間違えば、間違いなく命を落としていたと確信させるほどの戦いは、ハンソンを含めた幾人かの騎士に強烈なトラウマとしてお脳裏に焼き付いている。
領主は頭をしばし考えこんで、ハンソンに尋ねた。
「……それは王都の差し金だと思うか?」
「現状では何とも言えませんが、その可能性はあるかと」
そしてそんな化け物を王都から来た人間が連れていたというのは事実である。
領主はハンソンの進言に、不敵に笑う。
その態度は非常事態でも全く崩れることがなく、余裕すら感じられた。
「……ほぅ。ならば奴を呼べ。どうであれ、アレが我が領地に入ったというのなら手を打たねばならん」
だが領主の言葉を聞いて、ハンソンの背筋は凍り付く。
それがベストだとわかっていてもハンソンは聞かずにはいられなかった。
「……奴を使うのですか?」
「そうとも。化け物を制するには化け物しかない。それはお前もわかっているだろう?」
「……はい」
認めたくないが、ハンソンは頷き肯定した。
自分達を襲った化け物には知性があった。
騎士達を蹂躙し、圧倒的な戦闘能力を見せた化け物は自分自身を売り込んだのだ。
その化け物は、今もまだここに存在している。
ハンソンは震える。
しかしその震えは、その声が聞こえた瞬間、驚きでかき消された。
「おいおい。化け物とは言ってくれるな?」
「「!」」
領主とハンソンが同時に顔を上げると、そいつは猿のように上から落ちてきた。
アクロバティックに現れた、ぼさぼさ頭の赤毛の青年は、驚かせることが成功してククッと喉を鳴らして笑っていたが、ハンソンは彼の額の大きな二本の角に目をやり、顔をしかめた。
「まぁ化け物なんだがね。そこはまぁ俺達のセールスポイントってもんだよな」
「なぜここにいる……」
ハンソンは領主を守るように立ち、落ちて来た男を睨みつける。
しかしハンソンの殺気などないものの様な振る舞いで、男は軽い口調で言った。
「行きたけりゃ、どこへでも行くさ。面白い話が聞けりゃなおさらさ。同族だって? すげぇな。間違いねぇのか?」
だが話を聞いていたらしい男は一瞬目を細めて、ハンソンを見ていた。
ハンソンはそれだけで震えが再発したが、かろうじて答えた。
「……間違いないとは言えないが。片方の角が欠けた角の生えた子供だ。ほとんど我々と似たような外見なところを見ると。オーガの類ではない」
「へぇ……じゃあ同族かもな。俺以外にも生き残った奴がいたってことか……そいつは。どっちがつえぇか比べてみてぇな」
だが心の底から楽しそうに答えた男の言葉がハンソンには信じられなかった。
この化け物は異世界からやって来たとは本人の談である。
しかし仲間はおらず、ここにいるのは彼一人だともハンソンは聞いていた。
それなのに、この男はあっさりとやって来た仲間と戦いたいという。
男の言う戦うという言葉が、相手を殺すことも辞さないなんてことは、すぐにハンソンには理解できた。
「……いいのか?」
「あん? 何がだ?」
「唯一の同族かもしれんのだぞ?」
だからハンソンは震える声で問う。すると男は馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。
「はっ! そう命令するつもりだったんだろうによ! 当然受けるぜ? 飯は食わせてもらってるしな! それに戦いを断るアスラ族はいねぇよ!」
興奮し、角を光らせる男がハンソンは怖くて仕方がなかった。
だが一方で領主はその光景を見て深く頷き、男に近づいて彼の肩に手を添える。
「そうか……フッフッフ。ならば存分に暴れるがいい。私はお前の望みをかなえよう」
「ああ。俺に戦いをくれ。飯を食わせろ。そうすれば俺はお前の敵を潰してやるよ」
「……」
ハンソンから見ればそれは悪魔との契約にしか見えなかった。