*彼は特殊な訓練を積んでいます。絶対にマネしないでください
とある夜、何とか逃げ延びた俺達は植物のまばらに生えた森の中でキャンプをしていた。
基本的にキャンピングカーとして作られた俺の車だが、その生活機能の大部分を後ろにつないだトレーラーに依存している。
機能を分けた結果、遠慮なく役立ちそうなものを詰め込み、その快適さは申し分ない。
ただここに来て誤算があるとすれば、タカコという客を拾ったことによって、ちょっとばかり状況が変わってしまったことだろう。
トレーラーは半ばタカコ専用となっていて、きっと今頃タカコはすやすやと夢の世界に旅立っているはずである。
だがある意味ではちょうど良い状況だと俺は感じる。
その理由は今やっている作業も一つの理由だった。
夜中に焚火をし、俺が夜の警戒をしながら専用の鍋で厳選された素材を煮込む作業に没頭していると、腕輪からテラさんが話しかけて来た。
『意外なところで紳士ですね、マスター。特殊な状況なのでトレーラーで寝ることを気にする必要はないと思うのですが?』
「まぁ、俺そんなに寝ないからな」
何でもないように俺が言うと、テラさんが一瞬言葉に詰まったのが分かった。
『気が付いていたことですが……確認の必要性を感じました。出会った頃からその傾向はありましたが……マスターの睡眠時間は短すぎるのではないでしょうか?』
「ああ、そういう風にしてるからな」
俺は頷いて肯定する。
俺の睡眠時間は極端に短い。本当であればこんな生活持つはずもないが、これには少々仕掛けがあるのだ。
『危険では?』
「いや、普通だったら危険だし。睡眠は削るべきじゃない。だが、こいつさえあれば問題ない」
なんとも形容しがたい匂いを発し始めた液体を、俺は素直に自慢する。
わざわざ人気のない時間を見計らって、コトコト煮込んでいるこれは、まさに人間とは切り離せない睡眠時間という時間の拘束を打破するために仕入れた俺の秘密兵器である。
「薬学の勉強をした時見つけた魔法の栄養剤でね。一口飲めばわずかな睡眠で十分な休養を得られる。当時戦士団にいた俺は、どうしても伸び悩んでいてなぁ。藁にもすがる思いで試してみたんだが、効果は抜群だぞ? うっひっひ!」
ドロリと煮詰まった真っ黒な液体をすくって見せると、心なしかいつも無感情なテラさんの声が動揺していた気がした。
『……その液体は大丈夫なものなんですか?』
「ああ、自分の体で実験済みだ。眠気が吹っ飛ぶどころか、体が前より健康になった気がする。持久力はあいつらに張り合えるようになったくらいだからなぁ」
この特製栄養剤に出会った時は、さすが異世界だと膝を打ったものだった。
正直この栄養剤がなければやっていられなかったとさえ思うほどである。
俺の訓練時間は倍となり、その効率は普通の数倍にもなったのではないかと自負していた。
『ならなんでこんな深夜に作る必要が?』
なぜか丁寧に質問を繰り返すテラさんだが、それにはやむに已まれぬ事情があった。
「ああ。それがなー。俺が昼間にこいつを調薬してると、死ぬほど心配されるか、正気を疑われるんだよ。確かに見た目はすごいんだがなぁ。そこまでかな? ……匂いがダメなのかなぁ」
『臭気については何とも言えませんが、先ほどその液体に近づいた昆虫が気を失いましたが?』
「虫よけにもなっていいじゃないか」
『なんでしょう……この薬に対する絶大な信頼感をうかがわせますね。……そうですか。本当に危険はないのですか?』
「だから大丈夫だって。心配性だなぁ。でもテラさんですら不安になるんだな。変なの」
「……」
夜は更ける。
完成した栄養ドリンクを瓶に小分けにしながら、いい物なのにと俺は小首をかしげた。