表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PS ヒーロー始めました。  作者: くずもち
新たなる旅立ち編
301/462

危機感知センサーは鍛えておかないと危ない

 ちょっと高めの石に足を組んで乗っていた黒づくめの青年は、俺の拳をかろうじて避けて転げ落ちた。


 まだまだ甘い脳筋モードは、ついうっかり手加減をしてしまったようである。


 九死に一生を得た男は自分の胸元を押さえて、叫んだ。


「ぬおおお! いきなりなんだ! この野蛮人め!」


「……いや、いきなり悪役ムーブで出てくるから。八割敵だろあの感じ」


 俺的に死角から手を叩いて接近してくるやつは、油断ならないので仕掛けられる前に仕留めるべきである。


 追撃に移ろうかと俺は拳にバチバチ電撃を溜めていたわけだが、そこでタカコが男に向かって叫んだのでかろうじて、動きを止めた。


「あ、貴方は!」


 渡りに船と男は元の雰囲気を取り戻して立ち上がり、壁に体重をかける。


 中々決めてくる演出は俺的にポイントが高いが、ちょっと膝が震えているのはマイナスだった。


「ふっ。しばらくぶりですね、ナツオ タカコ。お互い生きていたようでなによりだ」


「そっちこそ。……なんでここにいるんですか?」


「知らなかったですか? 君のペンダントには発信機が付いているんですよ。先回りさせてもらいました」


「……いつの間にそんなことを」


 ガガンとショックを受けたようなタカコはこの男を知っているようである。


 タカコの知り合いなら仕方がない。俺はちょっとだけ思考停止をやめることにする。


 改めて確認した敵、もとい謎の男は軍服のような服と、黒髪黒目の青年で、やたらと美形だった。


 整いすぎていてゾッとする浮世離れした感じは、どうも俺とは似て非なる世界からやって来たに違いない。


 俺の中の敵率が九割に上がった。


 男はどこか邪悪にタカコに笑いかけていた。


「驚きましたよ……せっかく追い詰めたというのに、まさか二つのペンダントが揃うことでタワーごと転移してしまうなんてね。おかげでこんな世界にまで来てしまった。全く忌々しいことですよ」


 最後の方は青筋を浮かべ、語気を強める男。


 ここに来たのは彼の本意ではなかったらしく、あのタワーの残骸も事故のようなものだったらしい。


 男の言葉に、怯えたタカコだったが、俺は一応尋ねた。


「あれって、殴っちゃダメだった?」


 するとタカコはブンブン首を横に振って、男を指さした。


「いいえ! 殴って大丈夫です! あいつはエンジョウ キョウジ! 前にいた世界で私の予備のペンダントを盗んだ男です! まさか生きていたなんて……」


 俺の後ろに隠れつつ、胸元のペンダントを隠すように言うタカコだが、その真っ当なリアクションはいただけない。


 案の定勢いを完全に取り戻した エンジョウ キョウジ氏の悪役ムーブが止まらない。


「クックックっ! そう簡単に死ぬ気はありませんよ。宝を目の前にすればなおさらです!」


 キョウジ氏は自分の首から下げているペンダントをあえて持ち上げて見せる。


 俺はもう一個持っているのにうっかり他所の世界まで来ちゃうなんて馬鹿な奴だなって思った。


 そんなキョウジ氏はニヤつきながらもう片方の手で懐から小銃を取り出し、俺達へ向けてきた。


 ハッとタカコは息を飲み、彼は俺の中で十割敵となる。


 自動小銃は、どうやら俺の知っているものと大差ないようである。


「さぁ、貴女の持っているそのペンダントもこちらに渡しなさい。さもないと、そこの野蛮人が死ぬことになりますよ」


 そしてキョウジ氏はなぜか、俺を狙って銃を構えたのだ。


 おっとこいつは予想外。まぁ銃は危ないよね。


 最初の一発でだいたいどうにかなりそうだと感じた俺は、ちょっと冷静になってしまった。


 状況としてはシリアスである。


 こうミステリーのラスト近くの交渉のような、そんな空気を感じだ。


 普段だったら俺だってシリアスをやったっていい。


 しかしフル装備のヒーローものが混じっているこの状況で、それはどうなのだろうか?


 俺は反応に困った。


 個人的にヒーローやら怪人やらに銃を突き付けるのは死亡フラグだと思う。


 いやいや。ちょっとまって。俺はヒーローではないんだった。


 そう自分のことを形容するのはおごり高ぶりというものだ。


 だがそうだとしてもあの口径では、たぶん死なない。


 もっと口径のでかい機関銃の一斉射撃でもまぁ大丈夫だったし。


「……」


 俺はそう結論すると、いらだつと同時になんかこの二人の危機感の無さが恐ろしく心配になって来た。


 というかパワードスーツが分からないなんて見る目がなさすぎる。


 鎧くらい小銃で抜けるとでも? いやいや無理だから。


 ここは一つ、この世界に来た転移者の先輩として、かましてやらねばならないのではないだろうか?


 よしやろう、決めた。


 俺は妙な決心を決めて、手を上げていた。


「すまん、いいだろうか?」


「黙っていなさい。死にたくないのならね。なんです? そのふざけた格好は? 笑えますね」


 キョウジ氏の失笑と共にディスっていくスタイル。


 ピキリと俺のこめかみが脈打った。


「よし分かった。もう付き合うのはやめよう」


「はい? ああ、そうですね野蛮人には今の状況が分かっていませんでしたか。これは銃と言って貴方を瞬時に殺せる道具です……わからせてあげましょうか」


 そしてキョウジ氏は何のためらいもなく銃の引き金を引いた。


 パン


 コン


 パパン


 キンカコン


 管楽器みたいないい音を立て、三発の弾が明後日の方向へ飛んで行く。


 当然、自慢のパワードスーツには傷一つない。


「……はい?」


 俺は力いっぱい拳を振りかぶり、全力でキョウジ氏のすぐ脇に拳を打ち込んだ。


 高速の踏み込みから、ちょっと強引に拳を壁にめり込ませると、我ながら笑えるほどの威力が出た。


 ズドォンと轟音と土埃が舞い、壁か粉砕される。


 後ろに倒れこみ、青ざめたキョウジ氏はその場に尻もちをついた。


「大体敵だけど、異世界から来た人間にはちょっと優しくすることにしてるんだ。一回だけは警告しとく。この世界はマジでおっかないぞ? 生き延びる方法を今から考えておいた方がいい」


「な、なななな……」


「や、やっぱりめちゃくちゃしますね」


 タカコとキョウジ氏がどん引きして俺を見ていたが、ここまで頑張った俺へのご褒美だと思うことにしよう。


 それにこの忠告はとても大切なことだった。


「いや、この世界に来たばっかりの君らは実感していないんだ。この世界がどれだけ恐ろしいのかを……まずはそれを知るところから始めるべきなんだ」


 この世界は本当に何が起こるかわからない。


 君らはわずかばかりの異世界知識を持っていることで優越感に浸っているようだが、まだまだ甘い。


 ひとまず小銃で安心感を得ているようでは、その辺のノラモンスターにだって殺されてしまうことだろう。


 ほうら感じてみると良い。話している間にも地面が揺れているだろう?


 きっと地面の下では巨大なモンスターが虎視眈々と俺達を狙ったりしているに違いなかった。


「……いや、ここの地下は迷路だったな」


 俺はじゃあなんで揺れているんだろうと首をかしげる。


 すると俺の話をおとなしく聞いていたタカコとキョウジ氏が、青い顔で俺ではなくその背後を見ていることに気が付いた。


 俺も嫌な予感がして振り返る。


 拳で開けた大穴の向こうから、砂ぼこりと恐ろしい音を立てた火柱がこちらに向かってかっとんできているのを見て、俺は二人を抱えて受け身を取った。


 その直後である。


 さっきの拳などかわいく思えるほどの破壊の嵐が吹き荒れた。


 火柱で加速している何かが、すさまじい勢いで情け容赦なく石の城を貫くのを、俺は見た。


 あまりにも脈絡なく死にかけて、ビックリした。


「ぬおおお!!」


 俺は悲鳴を上げ、瓦礫が視界の中を飛び交う。


 マフラーとこの身体をフルに使って、あちこちの壁にバウンドしながら二人を守り切ったのは奇跡だった。


 かき回された頭をぐらぐらさせ、俺は床に転がりながら、二人に向かって呟いた。


「……な? 危険なんだよこの世界は」


 突っ込んできたモノはなんとも形容しがたい。


 ドリルの車輪が付いた鋼鉄のミサイル……みたいな悪夢のようなゲテモノである。


 更に言うとその悪夢に乗っているのは、燃えさかる巻き毛のドリルだった。


 何で彼女が今ここにいるのか、意味が分からない。


 あまりにも美しい笑みを浮かべた炎の化身は、鎧の肩に槍を担ぎ、俺を見ている。


「白い戦士、国家反逆罪で拘束いたします。ですがその前に……その女は何者ですか?」


 キョウジ氏の方はちょっと離れたところで伸びていたが、比較的守りに力を入れたタカコは抱きかかえられたまま伸びている。


 何でかわからないが、とてつもなくまずい状況な気がしてならない。


 パワードスーツのセンサー類にすら捕らえられない濃厚な死の気配を、俺の鍛え上げられた危機感知センサーは敏感に捉えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ