勝負の行方
「「おおお!!」」
ガツンと一撃本気の右ストレートが正面からぶつかった。
ガツンと重い感触と同時に、ドカンと重い音がして弾き飛ばされたのは俺の身体だった。
「ぐっ!」
押し負けたことに驚愕したが、驚いている暇もない。
蒸気王は間合いが開いた瞬間、蒸気を吹き出し高く飛び上がった。
巨体からは想像もできないほど軽々跳ねた蒸気王に、さすがに俺の表情も強張った。
「!」
「くらえ!」
そしてそのまま蒸気王は両手を振りかぶって、落ちてくる。
落下速度込みのあのパワーは受け止めるのはきつそうだ。
「ならこれでどうだ!」
俺は咄嗟にマフラーを空中の蒸気王に巻きつけ、そのまま力任せに振り回した。
「ふんぬ!」
「ぬお!」
蒸気王はハンマー投げのように勢いよく部屋を一周し、一直線に飛んでゆく。
そのまま天井を突き破り、大穴を開けた蒸気王を追って、俺は屋上に飛び出した。
空はいつの間にか夕日で燃えるように赤く染まり、塔の屋上は雲海に浮かんでいるようだった。
息を飲んでしまいそうな景色だが、そこで俺はしぶとく踏みとどまる蒸気王を見つけた。
「……小賢しい真似を」
「こっちもパワーには自信があるんでね」
だが戦った感じ、蒸気王の馬力はやばい。
俺は小声でテラさんに尋ねた。
「……ここだけの話、テラさんから見て、勝率ってどんなもん?」
『驚くべきことに。パワーだけならば向こうに分があります。蒸気機関恐るべしです。なにか我々の知らない、未知の技術で動いている可能性があります』
「……なるほど」
こいつは中々おっかないことになってきた。
本格的に命がけの決闘になりそうだ。
一瞬でも恐怖に負けたらそこで終わりになるかもしれない。
だがそれこそが俺の選択だ。もとより覚悟はある。
パワーで勝てなくても急所は本体ただ一つ。あの真ん中のオークだけだ。
あの振り回される建機みたいな腕をかいくぐり、むき出しの頭に一撃入れてやればいい。
あいつは今日ヘルメットの大切さを知りながら、致命的な敗北をその身に刻むことになる。
「いいさ……やってやる!」
パターンをいくつか用意して、俺は一度深く息を吸い込んだ。
そして短く吐き出し、スタートを切った。
「熱を制すことこそ我らが技術の神髄……」
そう呟いた蒸気王の胸が夕日にも負けない輝きを発し始めていることに気が付いたのは飛び出した後だ。
怪力が切り札だと誰が言っただろう?
俺の予測はすべて相手に他に切り札がない事を前提にしていて。
まさかビーム的な熱線まで放ってくるなんてまるで思っていない。
もう一歩距離が足りない。蒸気王から赤い閃光が迸る。
「焼き切れろ!」
とっさに俺はマフラーをほどき、前に突き出して閃光を受け止めた。
「うおおおおおお!」
魔力を吸収したマフラーがビームを弾くが、すさまじい熱が体を包んだ。
拡散し、脇を抜けていった熱線はたやすく床を切断し激しい爪痕を残してゆく。
完全に正面から突っ込んでしまった俺にはもはや逃げ場なんてありはしない。
『耐熱限界まであと30秒』
テラさんの無慈悲な警告が聞こえた。
俺の頭には、熱でおかしくなったのか過去の情景がよみがえる。
俺がこの世界に呼び出されたその日、俺はその日の内に欠陥品の烙印を押された。
勇者として呼ばれたのに勇者として機能できない欠陥品。
だがそれはもうよくわかった。
俺は勇者にはなれない。
俺は勇者を知っている。あんなめちゃくちゃな運命を息を吸うように蹴散らすのが勇者だとしたら、あんなのになれるものか。
だけど、うらやましくないわけがない。
このわけのわからない世界では、力がなくたって厄介なことなんていくらでも湧いて出る。
俺は立ち向かう力が欲しかった。だから自分で手に入れることにした。
魔法がだめなら別の物だ―――出来ることなら勇者に見劣りしないほど強く。
そのためにやれることは何でもやると決めたのだ。
俺はきしむほど奥歯を噛みしめる。
「テラさん……俺は……今、ここで俺は……ヒーローになる。だから……力を貸してくれ!」
チカチカと頭の中で火花が散った。
全身の筋肉は限界を超え、極限状態で悲鳴を上げる。
背中のエレクトロコアが瞬くと、俺は一歩前に前進し、叫んだ。
「こんなところで、負けてたまるかぁあああ!!!」
『警告。エレクトロコアに異常な反応を確認』
エレクトロコアが輝きを増してゆく。
輝きは全身を伝わり、そしてマフラーは青く光り輝く。
また一歩前に進み、気が付けばマフラーは拳を中心にまるでドリルのように螺旋に動き、熱線を貫いていた。
「馬鹿な!!」
驚愕の声が聞こえる。
頭は無理だ、だがどこでもいい。
俺は拳を振りかぶる。
「食らうか!」
蒸気王はとっさに蒸気を噴出し、後ろに距離を取った。
そして両手で挟み込もうと、巨大な腕が左右から迫る。
「はああああ!」
生死の狭間にいたその刹那、俺は本当に雷光のように輝いた。
「何ぃ!!」
俺の拳は雷鳴と雷光をほとばしらせて加速する。
蒸気王の両手は空を切り。
蒸気王に届いた拳は、分厚い装甲にめり込んで、チカチカとスパークしてさく裂した。
ほんのわずかな数秒間、辺りはとても静かだった。
だが当たったのは生身じゃない。果たして仕留め切れたのか?
『パワー低下。エラーを検知。撤退を推奨』
「……!」
テラさんの余計な情報を聞きながら俺は蒸気王を睨みつける。
万全であろうがなかろうが、ここで逃げられるわけがない。
今度は急所に当てるつもりで、一歩踏み出し身構えたが、その時ガンガンと音を立てて蒸気王の巨体は後ろに下がる。
大きくひしゃげた拳の痕に触れた蒸気王は俺に呟いた。
「……見事だ」
白い蒸気が大量に吹き出し、蒸気王の装甲が大きな音を立て崩れてゆく。
「貴様に言われずとも気づいていたさ……ここは……私の世界ではない」
蒸気王自身は深い笑みを俺に向けて、塔の下へと真っ逆さまに落ちていった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
俺はやけに大きな自分の呼吸を聞いて生き残った実感を得る。
何が起こったのか、すべて理解したわけじゃない。
だが俺は拳を握り締め高く掲げた。
俺は蒸気王に勝利した。




