ツクシの勘
「そっかー。タカコも大変だったなー。もぐもぐもぐ」
焚火の側で厚切りベーコンの三枚目をほおばるツクシに遠慮はない。
うんうん頷いてタカコの自己紹介を聞いていたツクシは、ごっくんとベーコンを飲み込んで、砂糖をたっぷり入れたミルク入りのコーヒーを一気に飲み干してから、無念だと膝を叩いた。
「くっ! 楽しそうだ! 僕も最初からやりたかった!」
「いえ……結構大変なこともありましたよ?」
本気で悔しがっているツクシにタカコはいやいやと首を振るが、ツクシはなぜか俺の方にうらやましそうな視線を向けた。
「そんなことなさそうだぞ……間違いなくだいきちは楽しんでる」
まぁそう言われれば、大いに楽しんでいる。
俺は自分の入れた自慢のコーヒー片手に肩をすくめて見せた。
実際楽しいぞと口に出すのははばかられたが。
「い、いやー。ど、どうかなぁ。モンスターにも遭遇したし荒野の旅は快適なことばかりじゃないよ」
そう答えてみたものの、ツクシは全く信じていないようだった。
「ほんとかー?」
「……まぁいいじゃないか。こうして一緒に焚火を囲んでるんだから。何で夜来たんだ?」
「こっそり来たからだよ!」
「あ、そうだよなー。勇者様だもんなぁツクシはー」
「グヌヌヌヌヌ……」
ぷんすか怒っているツクシは、どうにも作戦通りに事が運ばなかったことにお冠のようだ。
本来であれば、俺という犯罪者を追いかけることで長期の休暇を目論んでいたわけだから、まぁ心情はわからないでもない俺だった。
だが当然話についていけていないタカコは、困惑をいっぱいに浮かべて俺に尋ねた。
「えっと彼女は勇者様? なんですか?」
「そうだよ。春風ツクシという。王都で最強の勇者と言えばツクシの事さ」
「さ、最強ですか? この女の子が」
「信じられないのも無理はないが……本気で強いからね?」
実感の籠った忠告は、案外相手に伝わるもので、タカコはごくりとつばを飲み込んで、コクコク首を振って頷いていた。
タカコは迂闊に口を開くのは悪手と見たのか黙ってしまったので、俺は気にかかっていたことをツクシに尋ねた。
「それで、俺を追ってくるのは……やっぱりシャリオお嬢様なんだよな? その後どんな感じなんだツクシ?」
「もう出撃してるって聞いてるけど、追いつくには時間がかかるかな?」
ツクシはムーと唸りそう言うが、探し出すのもかなり骨が折れるのに疑いなかった。
更に限られた目撃情報はブラフであるのなら、事実上俺達を探し当てるのは不可能と言ってしまっていいのかもしれない。
「そう簡単に追いついてもらっちゃ困る。というか、俺としてはこのまま撒くつもりだけどな」
そもそも車の脚に、彼らがそう簡単に追いついてこれるとも思えない。
そのあたり俺はかなり楽観的に考えていた。
「なんか成り行き上、事情は説明できそうにないけど、適当なところで見切りをつけて諦めてくれるといいんだけどな」
一応は探したという、建前さえできれば、貴族のシャリオお嬢様の率いる部隊だ、そう難しいこともなく、捜索を打ち切ることもできるだろう。
だが俺が気楽に言うと、ツクシはなんとも言えない顔をして首をかしげる。
「うーーーん。それはどうかなぁ?」
「なんだよ?」
俺はなんとなく尋ねる。
「シャリオは簡単にあきらめないと思う」
するとツクシは真顔でそう言った。