何かが始まってしまいそうな気配
「……テラさん。ゴリラモンスターの正確な数ってわかるか?」
『おおよそ三十。しかし転移現象はまだ続いています、新たにトラブルが現れないとも限りませんが』
「うわ。それ最悪だな」
要するにもたもたしている暇はないらしい。
俺はひとまず人間の救助に目的を絞ることにした。
『展望台らしき場所です。ルート出します』
「ナイスだテラさん。ナビ付とは親切だ」
俺の視界に映る展望台の一点にテラさんが表示した赤い点が現れる。
これが目的地らしいので、俺は最短距離でその点を目指して進むとしよう。
俺は力を溜めて、スタートを切る。
だがタイミングを完全に合わせて、ゴリラモンスターは三体同時に殴り同時に掛かって来た。
「……!」
腕の数が多すぎる。
一体につき腕四本×三。その上高速で繰り出されるともはや拳の壁である。
だがその拳は俺には届かない。
拳が俺の体に触れる寸前、逆に拳の方が潰れて、モンスターの悲鳴が響き渡った。
「ウホっ!」
バシッと派手に弾き飛ばされたモンスター達に、俺は内心ホッとしていた。
「……シールドいいじゃないか」
『当然です。しかし緊急時の最後の防御なので多用は厳禁です。疑っていましたか?』
「新機能だし見えないもんな。こればかりは喰らってみない事には確信がね」
『もちろん不備などありません』
無感情ながらどことなく不機嫌そうなテラさんである。
いやしかし、あるとわかっていても攻撃に突っ込むのは怖いので。
次々と襲ってくるゴリラは正直思ってた以上だった。
高速の戦闘には慣れてきたつもりだったのだが、その俺の隙さえ突いてくるスピードは、一瞬瞬間移動かと見紛うほどだ。
「……!」
動けるゴリラは、化け物じみた速さでいたるところから飛んでくる。
俺はしかし速いが常にフルスイングのゴリラの拳をかいくぐり、反撃も最小限に目標を目指す。
新生パワードスーツの性能と、自分との感覚のずれは修正できてきた。
前よりさらに性能は向上していて、さすが後継機のパーツを流用しただけのことはあった。
鉄筋を足場にタワーを駆け上がり、そう間もなく展望台へと取りつくが目標前はどうしてもスピードが落ちる。
「ホッホウ!」
鳴き声が死角から躍り出て、とっさに俺は反応する。
だが俺はそこでとんでもないものを見た。
なんとゴリラが打ち下ろしてくる拳が真っ赤な炎に包まれていたのだ。
「テラさん! シールドは要らない!」
『了解しました』
すさまじい威力で打ち下ろされた腕は俺に触れた瞬間、爆裂する。
だが俺は炎の中で立っていた。
「……このゴリラ、いくら何でも強すぎないか? 魔法までつかって来るなんざ。うらやましすぎるだろう!」
俺の左手はモンスターの拳を受け止めていた。
やはり炎は魔法だったらしく、左手の手袋で完全に無効化出来た。
これにはモンスターですら驚いたらしく、怯えて飛びのこうとしたが逃がすつもりはなかった。
俺はうらやましさのあまりちょっと半泣きになって、完全にチャージを終えた右腕を床に向かって振り下ろし、展望台に穴を開けると同時に雷撃を放出した。
ほとんど無防備に電撃を食らい、モンスターは煙を吹いて倒れ伏す。
他にも俺を狙っていたモンスターが電撃から逃げ切れずに鉄骨を落下したのが見えた。
「連携が仇になったな。今のでだいぶん巻き込まれただろう。さて」
俺は穴から展望台へと飛び込み、中を確認すると探していた人物は気を失って倒れていた。
「いた。見つけたぞ」
俺は彼女に歩み寄る。
学校の制服と思われるブレザーを着た女の子がそこにいた。
編みこんだ長い黒髪に眼鏡をかけた高校生くらいの女の子は綺麗な顔立ちに穏やかな表情を浮かべ目を閉じていた。
「……この娘も、巻き込まれたんだな。かわいそうに」
同情の気持ちは間違いなく本物だった。
転移に巻き込まれるなんて言うのは事故にあったみたいなものだ。
救助第一。助けるのは大前提だ。
だが、一瞬気分が昂ってしまった俺はとても罪深い。
「……なんというか。なにかが始まってしまいそうな感じがしてしまう……!」
いやほらこう状況的に。女の子を窮地から助け出すってこのシュチュエーションがね?
落ち着かないのは俺がまだ男の子だからか?
思わず自分で頭を殴り飛ばしそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。
『どうなんでしょう? その思考は口に出すべきではないのでは?』
「失言……。忘れてくれ」
もう終わっていると思っていた俺の物語が、もう一度動き出したんじゃないか! みたいな気がする!
「……」
そんな呑気なことを考えていられたのは、窓の外にさっきのゴリラの数十倍でかいゴリラがのぞき込むのを発見するまでだった。