謎のタワーとモンスター
俺は車の後部に移動すると、テラさんの解説を聞きながら、インナーを着込み、左手に黒くて薄い手袋をはめた。
『インナーは旧バージョンの素材を採用していますが、デザインが変更され、動きやすさと防御力は向上しています。左手の手袋は魔王細胞のコーティングを二重の構造で採用し、魔法攻撃を受けた場合は無効化が期待できます』
「ああ、聞いてる」
身に着けた感じは悪くない。動いてみても動きを阻害される感じはなかった。
動き出した黒い箱はアームを展開して、俺の体に次々と装甲をはめ込み、二基のエレクトロコアが背中に接続されると、新しいパワードスーツに命を吹き込む。
『起動します』
耳元のスピーカーに切り替わったテラさんの声が聞こえると、全身に力がいきわたり、瞳に光が灯った。
がくんと足下がせり上がり、天井が後部にスライドして開く。
走る車の上でも向かい風に全く揺るがない力強い感覚が頼もしい。
俺は真っ赤なマフラーを首に巻くと、腰に手を当て、いよいよ全貌を現してきた塔を見た。
豪快にねじれているが、太い鉄骨に、独特の赤い色使いには見覚えがある。
「って……あれは東京タワーか!?」
見知っていた塔に俺は心底戸惑った。
だがかすかに見える展望台部分は、フリスビーの様な丸みを帯びた形状で、塔の先端に丸い飾りがついている。
「ああ、いや……でもちょっと形が微妙に違うか……こういうこともあるのか」
俺の世界からやって来たのか、それとも並行世界というやつか?
なんにせよ俺の元居た世界に近しい世界から、それはやって来たようだった。
ちょっと涙ぐんでしまいそうになるが、今は感動している場合じゃない。
「さて、行ってみるのは確定として。魔石でも取ってくるかね?」
とりあえずパワードスーツのパワーアップには役立ちそうにないなとそんなことを考えていたが、テラさんはあのタワーの中に何かを見つけたようだった。
『マスター。あの建物の中に、人間と思われる生体反応が一名分感知されました』
「なに? ……そいつは急いだ方がいいな」
あの中に人がいるということは、やはり巻き込まれたとみるべきだろう。
だとすれば助け出したいところである。
『モンスターが多数いるようです。すでにあの建物に取りついていますのでご注意を』
「ああ。じゃあテラさん、車を頼む」
『了解しました。運転はお任せください』
俺は足場を踏みしめ、跳躍する。
バリッと弾ける電気の音を拾い、全身に感じる強烈な負荷を感じて、じわじわと歓喜が俺の体を包んだ。
飛び上がった俺は、ねじ曲がった東京タワーに取りつくモンスターをすぐに見つけた。
四本の腕を持った身長5メートルほどの巨大ゴリラの群れだ。
どこから現れたのか知らないが、東京タワーにこびりついた魔石をゴリゴリ食っているらしい。
そして東京タワーの鉄骨はあいつらにとって格好のジャングルジムというわけか。
おとなしくしていてくれればいいが、そうもいかない。
一斉に複数の巨大ゴリラと目があうと、そいつらの目が真っ赤に染まり、牙をむいて襲い掛かって来た。
「ぬお!」
躍りかかるゴリラ型モンスターは驚異的な跳躍力で、気が付くと目の前にいる。
俺のすぐそばを拳がぎりぎりをかすめ飛んで行ったが、俺はすんでのところでかわし、逆に蹴りを叩き込む。
くの字に折れ蹴り飛ばされたモンスターは鉄骨にめり込み、白目をむいて気絶したが一瞬遅れたら敵の拳は俺の顔面に直撃だった。
俺はモンスターの驚異的な身体能力に冷や汗を流し、手近な鉄骨に着地する。
見上げると漂う砂の中で、無数の真っ赤な瞳が揺らめいていた。
「こいつら……けっこうやばいな。初戦の相手にはいい手ごたえだ」
ホゥホゥと鳴きながら、こちらの様子を強かに窺うモンスターに、俺は思わずぺろりと舌なめずりをした。