時空震
キーを差し込んで捻ると、エンジン音は思ったよりもずっと小さく、俺は最初エンジンがかかったのかどうかわからなかった。
「ずいぶん静かだな?」
『静かな方がいいのでは?』
車内スピーカーからテラさんの声が聞こえる。だが最初の気分の問題である。
「いいはずなんだが。こう……出発進行! みたいな勢いが足りないというか……」
『贅沢な注文です』
「ごもっとも。いや最高だということは間違いないとも」
実際初めての運転というのは中々胸躍るものがある。
運転席からは店員達が手を振っているのが見えて、気分はまるで出撃前だ。
俺はゆっくりとアクセルを踏み込み、車を発進させた。
身体全体に力がかかり、車が動き出す。
タイヤが地面を掴む感触が思ったよりも伝わってきて、つい声が出た。
「おぉ」
格納庫を抜け、ゴミ山に隠された道を慎重に進み、道路も何もない山岳地帯の谷に入る。
元は川で今は干上がってちょうど道のようになっているが、もちろん舗装した道ほど平坦なものではなかった。
岩がごつごつと転がる道は悪く、視界も悪い。正直浮かれていられたのは最初だけだ。
『そのまま谷に沿って進めば、荒野に出ます』
「……いったん広いところに出て目的地を決めようか。うん、何とかなりそう」
テラさんのナビに従って、慎重に進む。
教習所以前の、卵ドライバーにはきつかったが、揺れが思っていたほどでもなかったのは幸運だった。
これもテラさんのところの宇宙的技術が使われているのかもしれない。
余裕が出てくると徐々にスピードを上げて、周囲を見回す余裕も出てくるが、その頃には山岳地帯を抜けていて、赤茶けた大地広がる荒野が見えた時点で停車した。
「ふぅ。掴んだな、掴んで来たぞテラさん」
『おめでとうございます。オート運転も可能ですので、気が向いたら試してみてください』
「……えぇ。今めちゃくちゃ気疲れして山道抜けた後にそれ言う?」
『何事も経験ですので』
それはまぁそうだが。
ちょっとてんぱる姿を面白がられた気がしないでもなかったが、テラさんが言うことももっともだった。
「まぁ旅立ちでいきなり自動運転も情緒がないか。なかなか面白かったよ」
『ええ、では時空震の最新の計測を見ますか?』
「そうだね。まずは目的地を決めよう」
俺は頷き、運転席からでも見えるディスプレイを見るとテラさんが必要な情報を表示した。
だがディスプレイには思っていたよりずっと多くの反応があり、赤い点が地図用にいくつも表示されていた。
「……なんだこれ?」
思わず俺が口に出すと、テラさんは答えた。
『最新の時空振反応です』
「それっていつから?」
『もちろん、先日の召喚の時からです』
「ああ、そっか。召喚の余波はこれがあったな」
『はい。穴が開けば波が起こります。厄介なのは波は他の揺らぎを生み、再び穴を開けるところでしょう』
俺自身、召喚の後はこういう変化が起こる事を体験した口である。
ただこうして地図で影響を眺めていると改めて気が付くことは沢山あった。
「こうしてみると、ちゃんと王族頑張ってるんだよな」
王都の周辺はぽっかりと穴が開いたように時空振の反応が少ない。
これは王の魔法によるところが大きいのだろう。
その影響が薄くなるのに比例して時空震の影響が表れ、すでに散発的に揺らぎが起きているようだ。
そして王都の影響が届く範囲を、彼らは支配権としているらしい。
俺がいた鉱山街はその支配権のもっとも外側で、魔石が取れやすいという触れ込みにも納得がいった。
『ここから一番大きくて近い反応を追ってみましょう。おそらくかなりの確率で大きな揺らぎが発生します』
「よし……じゃあ行ってみるか!」
そういう意味では、王都を離れるのは早計だったかと頭に過る。
ただそんな表情はテラさんには筒抜けだったらしい。
『パワードスーツ強化の旅は始まったばかりです。根気強くいきましょうマスター』
「……そうだな。どうせなら最強を目指さないとな!」
俺は気休めを言うと、再び車を走らせた。