シャリオお嬢様のお願い
会議が思わぬ展開を迎え、騒然としていた頃、ところ変わって王都で俺はこの日の夕方たまたま一人で店内の掃除をしていた。
俺にしかわからない的な配置でごちゃっとしていた修理品の整理はしておいた方がいい。
立つ鳥跡を濁さず、とはいっても普通に毎日営業しているのだが、しばらく顔を出さない予定なので、けじめのようなものだった。
「……さてどんな風になるかな。もう顔バレしてて、衛兵がなだれ込んできたらどうしよう?」
それはシャレにならない。
マジでシャレにならない。
一応バレない計画にはなっているが万一ということもある。さっさと店の中を整理して、楽しい逃亡ライフに突入するとしよう。
せっせと掃除に精を出していると、その時勢いよく店の扉が開かれた。
ツクシが来たのかな?なんて思ったが、どうにも違う。
ついビクリと驚きつつ、机の陰からひょいとお客さんを覗くと、赤毛の縦ロールが、俺の目に飛び込んで来た。
「ごきげんよう、ダイキチ! 少しいいかしら!」
「こ、これはシャリオお嬢様。……どうしました今日は?」
完全武装で店にやって来たシャリオお嬢様に俺は店員対応で頭を下げる。
するとシャリオお嬢様は早口気味にすぐに本題に入った。
「相談したいことがありますの。実はわたくししばらく王都を離れることになりそうですので挨拶をしておこうと思いまして」
「そうなんですか?」
それはまた急な話である。
何事かと思ったら、シャリオお嬢様は芝居がかった動きで事情を語り始めた。
「ええ、とある戦士を追うことになりました。その方とあなた方が薄々関係があることはわかっています……今後、彼は少々厄介な立場に追いやられますが、信じてお待ちなさい! わたくしが必ずあの方を連れ戻して差し上げましょう!」
「え?」
「ん? なんです?」
「いえ……別に」
なんか今シャリオお嬢様妙なことを言わなかっただろうか?
まぁでもわざわざ訪ねてくれたのなら、俺も言っておかなければならない。
「お嬢様も王都からいなくなるとなると……店はどうしましょうか?」
このお店は今でこそ様々なものを売っているが、そもそもシャリオお嬢様の美容品を売るために存在している店だ。
店の存在意義そのものが揺らいでいるなと感じた俺だったが、シャリオお嬢様は不思議そうに首をかしげていた。
「別に店は今まで通り続けてもらって結構よ。というか、しっかり続けなさい。貴方に見てもらいたいものもあります」
「そうなんですか?」
お願いとは珍しい。
今までシャリオお嬢様の頼みは美容品以外だと機械の研究とか漠然としたものだった。
ならば今までの恩返しも含めて、力になりたいところだ。
シャリオお嬢様は頷き、パチンと指を鳴らす。
すると入り口から毎度おなじみの執事とメイド軍団が現れて、なんだかとてもデカい箱をいくつも運び込んで来た。
さすがに何事なのかと目を丸くしていると、おもむろにシャリオお嬢様が語りだす。
「ところで貴方はオークを支配していた蒸気王というモンスターは知っていますわよね?」
「……ええ。もちろん」
忘れもしない。
蒸気王とは、蒸気機関を更に発展させた技術で国を興そうとしていた異世界からやって来たとても頭のいいオークで、俺がかつて戦った相手だ。
「これはその蒸気王の鎧です。貴方にはこれを改良して、わたくしの鎧を仕立ててほしいの」
だがまさか注文に俺は表情を強張らせた。
「!……本気ですか?」
思わず尋ね返してしまったが、まっすぐ俺の目を見るシャリオお嬢様は冗談を言っている空気ではなかった。
「もちろん。あの化け物は熱をわたくし以上に熟知しているように見えました。だとすれば私と相性は良いと思うのです。どう? お願いできるかしら?」
技術の模倣を、すでにテラさんは成功させている。
見様見真似ではあるがスチームバンカーという巨大杭打ち機がそれである。
どう答えた物かと一瞬迷ったが、つい俺の口は勝手に動いていた。
「……喜んで承ります」
「よくってよ。仕立て直しが終わったら、出来る限り早くわたくしのところへ送るようお願いしますね。さぁ忙しくなってきましたわ!」
言うことを言うと、すぐさまシャリオお嬢さんは踵を返していってしまった。
俺は店の中に取り残されて、嵐の様なシャリオお嬢様にくらくらとめまいを覚えた。
つい引き受けててしまったが、こいつはどうなっているのだろう? そしてどういうことだろう?
だが静かになって冷静に考えてみると、俺はどうにもすれ違っていた理由に気が付いてしまった。
「……あ。お嬢様気絶してたから俺の正体知らないんだ」
なるほどだからいつも通りなわけか。
俺はしかし積みあがっている箱を見た。
もしあれの改造が成功したとして、シャリオお嬢様の手に渡ったら、それを使って白い戦士を捕まえに来るわけか。
「なんか余計にややこしいことになってないかな?」
中々面白い話だが、少しだけ俺は頭を抱えた。