だいきちの混沌
春風 ツクシにとって、大門 大吉という人間は特別だ。
この世界に飛ばされた時から一緒にいた同じ世界の人間であり。
死線を共に潜り抜けた戦友であり。
そして頼りがいのある兄貴分でもあった。
「……」
だからこそなのだろう。今の春風ツクシの、やる気のなさは尋常ではなかった。
ヒルデの肩に担がれているツクシはピクリとも動かない。
「勇者様しっかりしてください」
走り抜ける王都の街並みはいたるところにダメージが見てとれて、ヒルデは焦りながら何度か話しかけていると、ようやく一言言葉を発した。
「……やだ」
ただ一言の拒絶だった。
ヒルデはしかし断固とした拒絶を耳にして、衝撃を受けていた。
「……そんなことを言ってる場合ですか?」
「場合だ。僕はだいきちとは戦わない」
「しかし、今のダイキチさんが本気で暴れたら王都が壊滅してしまいます」
ヒルデは王城のダイキチを思い出す。
目の前に立つだけで鳥肌が立つような気配に、圧倒的な戦闘能力。
少なくとも、今のダイキチの戦闘能力はヒルデでは勝てない。それは数度手合わせしただけでもよく分かった。
まして止めるなら、ツクシの力は絶対必要だろう。
そしてツクシにすら牙をむいた彼が王都で暴れれば、大惨事になる可能性は十分あった。
そんなことはツクシにだってわかっているはずだが、頼りの団長にして、勇者のツクシは首を横に振る。
「それでも戦わない。僕は王都とだいきちならだいきちの方が大事だ」
「それは……本気ですか?」
ヒルデがもう一度問いただすと、ツクシは答えた。
「……本気じゃない理由があるのか?」
「……ありません」
ヒルデにもこの少女が置かれている状況が、ひどく不自然なものだとはわかっていた。
ヒルデはわかっている。例え供に戦場を潜り抜けたとしても、それは自分達が彼女に提供した戦場だ。
ツクシにしてみれば心のどこかでわだかまりがあっても当然だった。
すさまじい威圧を発していたツクシは、特大のため息を吐いた。
「……みんなが嫌いなわけじゃない。でも僕はだいきちを止められない」
「貴女には拒絶する権利があるのでしょう。しかし、あのダイキチさんが正常な状態だったとは思えません。貴女はダイキチさんも放っておくのですか?」
だが、ヒルデはずるい言い方をしてでもツクシを引き留めようとした。
するとツクシはピクリと震え、しょんぼりとトーンを落として呟いた。
「だいきちはおかしかった。でも……ちゃんと話はしたんだ。もし……操られていたとかじゃなくって、あれがホントのだいきちだったら……僕はどうしたらいいんだろう?」
「……!」
ヒルデはじっとりと自分の体から汗が吹き出すのを感じ。言葉を飲む。
あれが本来のダイキチが心に秘めていた物だったとしたら、王都は今、先送りにしていた負債を負う時が来たのかもしれない。
歪だが絶妙のバランスで保たれていた物が崩れそうな予感をヒルデは感じていた。
ヒルデは王城からいったん退避し、ある場所に向かっていた。
それはヒルデとツクシと別れ、今のダイキチが作った居場所だ。
とにかく今はツクシにすぐにでも立ち直ってもらう必要がある。
そしてどうしてダイキチがあんなことになってしまったのか、その原因を知れば有効な打開策を見つけられるかもしれない。
進みなれた道を駆け抜け、ヒルデは扉を開く。
すると訪れた店には混沌が広がっていた。
「な、なんですかこれは」
もふもふと当たり前みたいにそこらじゅうを動き回るクマのぬいぐるみの群れが鋼鉄の武器を担ぎ。
小柄な鬼が棍棒二本を素振りし。
エルフとドワーフが多種多様な武器や防具を触手をはやした少女に持たせ。
先ほど見たような浮遊する機械が、店内を所狭しと飛んでいる。
そしてツクシとヒルデに気が付いた彼らは全員がこちらを見て動きを止め、動揺していた。
唖然としているヒルデとツクシの前に時が凍り付いた店内の中で、唯一動いていた浮遊する機械がふわふわとやってきて、代表して答えた。
『申し訳ありません。現在非常事態につき急遽閉店となっております。立て込んでおりますので後日おいでいただけると幸いです』
「そ、そのようですね」
ヒルデはそう答えるだけで精いっぱいだった。